『四畳半に二人きり』

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 部屋の片隅で、何かをひたすら描いている。  俺の弟はそんなヤツだった。男の子は外で遊んでるよ、と幼稚園の先生に言われても、弟――棗優(なつめゆう)は無表情のまま微動だにしなかったらしい。俺は幼稚園での優の様子など知らなかったから、小耳に挟んだ程度だったが。  家でも基本的に黙りこくっていて、両親は焦燥し、心配を重ねていた。当時の俺はそんなことをつゆ知らず、好き勝手していた。  俺は外に出て駆け回ったりゲームで大はしゃぎしたりしている子どもで、優は家にこもって何かをかいてばかりいる子どもだった。  人として、正反対と表現しても良かった。でも、俺と優は血の繋がった家族だ。俺はそれなりに、優に構っていた。小さな子ども部屋でひとりきりの優に話しかけた。優に無視をされても、生返事をされても、こりなかった。 「なあ、ゆう。いま何かいてんの? おれにも見せてよ」  俺はお節介なくらい話しかけていて、今もそうだった。優の隣に腰掛けて彼のお絵かき帳を覗き込もうとしている。優ははじめ頭を横にふるふるさていたが、やがて観念したのか俺の方に差し出した。俺はにやにやして、それを覗き込もうとして。 「……え」  ――ぐるりと、視界が一周して。意識が、暗転した。    *  目を開いたら、見慣れた景色が広がっていた。どうやら、夢だったらしい。  随分昔のことを、思い出していた。  四畳半の部屋の中央で大の字になる。ベッドも置けない大きさだから、俺は部屋のど真ん中で天井を眺めていた。脚立はぶっ倒れていて、軽く脚を掠めた。でも、痛くない。  指先を滑らせて、なんの痕もない首筋に触れる。ああ、ここに酷い絞め痕でも残ってしまえば良かったのにな。 「死んじゃ、だめ」  俺の顔を覗き込んで、淡々と話す弟をぎっと睨みつける。 「うるさい。お前には関係ないだろ」 「関係ある」  何度も挑戦して擦り切れた縄が床に転がる。拾い上げてせめて首をぎゅうぎゅうに絞めてやろうと手を伸ばしたが、それすらも優に邪魔された。表情を確認しなかったが、どうせ辛気臭い顔をしてるんだろう。  やめてくれ。邪魔をするな。  俺はただ、静かに死にたいだけだ。この四畳半の部屋で、一人っきりで。 「兄さん、やめてよ」 「うるさいって言ってんだろ」  優は俺の言葉に耳を貸さず、こちらをじっと見つめているだけだ。いつもこうだ。兄さん、兄さんという耳鳴りを、無視できずに普段通り天井を仰ぎ見ていた。  こいつはなんだかんだ言っているが、俺は俺の意見を曲げる気などない。俺は死ぬべきだ。無職で人の役に立てないクソ野郎。四畳半の部屋で、引きこもって息をしている木偶の坊。大事な人も助けられないぼんくらだ。  だからもう、死んでしまいたいんだ。生きている価値がないから。  生きていたく、ないから。 「……なんだよ、その目」  なのに、優が邪魔をする。馬鹿みたいにやさしい目で、少し淋しそうな色を滲ませて、俺を見つめてくる。  なんでこいつは馬鹿みたいにやさしく笑うんだろうって、ずっと分からないままでいる。分からないから、ため息を吐いて、寝転がったまんま目を閉じた。  死にたがりの俺と、勝手に止めようとする弟は、そんな日々を繰り返していた。何も始まらず終えることもできない、この四畳半の部屋の中で。  ――だが。それがある日、些細なきっかけで壊れることとなった。
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