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「どうして、そんな」
「自分の妻を殺した父親の子供。その可能性が頭によぎりながらも育てられるのか?俺なら、耐えられない」
その言葉を聞いて、僕は俯く。
叔父さん、それは僕にも当てはまることなんだよ。
「まずは知るべきだ。万が一、そうだったとしたら里子に出すという選択肢もある。彼は頷いた。結果、奴の子供だったよ」
叔父さんは真っ赤になった目を向けてくる。
さっきからずっと、この場から逃げ出したい。
「結果を伝えたとき、そうですか、と一言呟いた彼は沈黙した。長い、長い沈黙だった。そして、昭久君はこう言ってきた。自分が育てます、と。俺は言った。殺人者の血を引いてるぞ、と。すると彼は、関係ありません。俺は、この子の父親です。あなたも、そういう気持ちで修君を見ているのでは、と」
叔父さんが微笑みかけてきた。言葉に熱がこもる。
「そう、そうなんだよ。当たり前のことだ。俺は、お前を俺の子として育ててきた。殺人者の血?そんなの関係ない。お前は、俺の子だ。誰がなんと言おうと、優しい子だ」
俺は、再び顔を伏せた。泣き顔を見せたくなかった。
自分の父親が人殺し。それはどこに行ってもついてきた。事実は変わらない。その事実がまとわりついて離れない。人殺しの子供。それは遺伝する、等と周囲に言われ、ずっとそういう目で見られてきた。
僕が何をしたって言うんだ。
誰のせいだ。
あぁ、奴か。
ねぇ叔父さん。知ってる?僕が未だに奴の病院に顔を出していることを。もうすぐ、外出の許可が出るんだ。そこで、僕が考えていることは・・・。
「それで、昨日昭久君から電話が掛かってきてな。お前に会いたいって言うんだ」
「・・・僕に?」
「あぁ。お願いがあるって言っていた。多分、弟の話だろう」
「今、その子は」
「小学校4年生だ。名前は優。礼儀正しい子だ。俺は、無理に会わなくてもいいと思っている。今日この話をしたのは、お前も来年にはここを出るだろう。タイミングとしては、今しか無いと思ってな」
カレンダーを見た。今は7月。高校三年生の僕は、来年には卒業する。その後は進学して一人暮らしをしてみたいと去年から叔父さんと話していた。
正直、今そんな話をされてもどうしたらいいのか分からなかった。だけど、ずっと頭の片隅にあったのは、曾根崎美里の事。今更、あの日の事を掘り起こしても出てこないだろう。でも、会ってもいいと思えてきた。僅か少しの話しか聞かなかったが、その昭久さんには好感を持ったし、血の繋がっている弟にも会ってみたい。もしかすると、その弟も大変な思いをしているのかも知れない。
週末の日曜日。電車で約一時間揺られ着いた場所は、自然豊かな町だった。
駅を降りて叔父さんに聞いた住所まで歩く。右も左も畑一色だった。
蛙の鳴き声や小鳥のさえずり。頬を撫でる風も、自分の心を穏やかにしてくれる。
駅から15分程度歩いたところに、目的地はあった。
表札には『曾根崎』と書いてある。
インターホンを押して少し待つと、中から中年の男性が出てきた。
「修くんだね。信二さんから聞いているよ」
僕が挨拶をすると柔らかい笑顔で、どうぞと中へ案内された。
二階建ての造りになっている家の中は広く、一階だけで個室と思われる部屋が三つあった。リビングに入ると、大きなテレビと冷蔵庫。カウンターキッチンの端には花瓶と家族の写真が飾ってあった。一緒に映っている曾根崎美里の顔を見る。一度事件当時の新聞から顔を見たことがあるが、改めて整った顔立ちをしていた。横には昭久さんと、まだ小さい男の子が両親の手を繋いで立っている。
「さぁ、どうぞ」
テーブルの椅子を引いてくれ、座るように促される。
「すみません」
「遠慮しないでくれ。僕が呼んだんだから」
昭久さんはよいしょ、と腰を庇うように椅子に座った。
「最近太ってしまってね。料理も自炊は心がけてはいるんだが、中々毎日とはいかず」
ぽっこりと出ているお腹をさすりながらそういった。
「自炊を毎日続けるのは、根気がいりますよね」
「君は信二さんの分まで作っているんだってね。頭が下がるよ」
「学生と社会人では、色々と違いますから」
「謙虚だね」
お茶を入れよう、と立ち上がり、冷蔵庫からピッチャーを取り出した。
僕はさっきから心臓の鼓動が早くなっているのが分かった。
「優は公園に行っているんだ。もう少ししたら帰ってくると思う」
心を見透かされたようにそう言ってきた。お茶をゆっくりとコップに注ぎ、僕の前に置いた。
「信二さんから君の話を聞いて、君にずっと会いたかった」
大げさな程の言動と、その真剣な眼差しに困惑する。いくら自分が見ている子供の兄だからといって、そこまで会いたいものだろうか。
「実は、相談があるんだ」
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