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「息子と、優と遊んでやって欲しい。出来るときで良いんだけど」
頭を下げられる。
「あの、それは出来るだけ・・・。いや、でも」
そもそも弟がいると分かったのもつい先日だ。そんな急に言われてもこちらも整理がつかない。
「ごめん。いきなりこんなことを言っても混乱するよな。まずは会ってみてくれないか。出来れば、兄弟ということは伏せて欲しい。まだあの子は幼い。自分の母親の死の真相すら分かっていない。いや、僕も真相、と言われると分かっていないけど」
真剣な眼差しが、段々と哀愁を帯びてきた。曾根崎美里はどんな人だったのだろう。口を開き掛けた瞬間、ただいま、と元気な声が聞こえてきた。
廊下を走る音が聞こえ、リビングの扉が勢いよく開けられた。
「誰か来ているの?」
帽子を被り、半袖半ズボンの夏らしい格好をした少年は、入るなりそう聞いた。瞬間、僕の顔を見て会釈をする。そして昭久さんに目で「誰」と訴えていた。
「あぁ、彼は父さんの友達の息子さんだよ」
そう紹介する。僕は立ち上がり、近くによってしゃがむ。
「初めまして、鈴木修です」
「初めまして、曾根崎優です」
深々と挨拶する姿を見て、本当に小学生かと疑った。
「優君は、今何歳?」
「10歳。小学4年生」
しっかりしている。顔をまじまじと見る。くりっとした丸い目。スラッと伸びた鼻筋。なるほど、僕とは似ていない。母親の方に似たのだろう。
良かったな。
「優、今日はもうどこにも出かけないのか」
「もう一回行ってくる。喉が渇いて」
戸棚からコップを取ってお茶を入れた。
視線を感じ、振り向くと昭久さんが目で「一緒に行ってやってくれ」と訴えていた。
仕方ない。僕も、唯一の血の繋がった兄弟と交流を図るために来たのだから。
「優くん。僕も一緒に公園に行って良いかな」
「・・・うん、いいよ」
優くんが先に玄関へ走って行く。
探るように見てきた瞳は、どことなく大人びて見えた。
家から徒歩10分の所に公園はあった。ブランコや滑り台、うんていなど様々な遊具が並んでいる。
日曜日と言うこともあり、公園には子連れの家族で溢れていた。
ブランコに乗って後ろから父親に押して貰っている子供。
うんていで落ちないように支えられている子供。
その光景から目を離し、優君を見た。
優君はそれらを一瞥し、砂場の方へ走っていく。
黙々と手を動かし、何かを作っている。
「横で一緒に作っていいかい」
そう聞くとこちらの目をちらっと見て頷いた。
不器用で創造性も豊かでは無い僕は、砂をかき集めて一つの山を作るだけだった。創作時間僅か2分。
一方優君は、トンネルを作っていた。横に置いてあったスコップ・じょうろに入った水・バケツを駆使して黙々と作っていく。すると見事に大きなトンネルが出来た。僕の砂の山も取り込んでしまったけど。
「凄いの出来たな」
立ち上がり、汗を服の袖で拭う。
「おしまい」
そう言って、優くんは力一杯トンネルを踏みつけた。何度も踏みつけて、壊していく。
「折角作ったのに」
「いいの。どうせ、また作ればいいんだから」
「・・・そんなものか」
気のせいだろうか。
一心不乱に踏みつける優君を見て、この子の奥底にある危険な何かを感じた。
「ただいまー」
元気よく挨拶する優君とは対照的に、僕の声は小さかった。
「お帰り。遊んでもらったかい」
「うん」
いや、遊んでいない。走り回る優君の後についていっていただけだ。
優君が洗面所に走って行くタイミングを見て、昭久さんは聞いてきた。
「どうだった。優は」
たかが遊びに行っただけだと言うのに、何か重要な答えを知りたがっているように思えた。
僕は正直に答える。
「ちょっと、危うく感じました」
「・・・どのように」
昭久さんが目を見開いて聞いてくる。
「何か、大きなストレスを抱えているような、そんな気が」
「そうか」
肩を落としながら、まるでこの世の終わりのようなトーンでぼやいた。
「あの、また来てもいいですか」
「え、それは、もちろん。いいのかい。正直、休日は仕事だから、助かるよ」
「やっぱり、実の弟なんで。僕も気になります」
耳打ちをするように小声で呟くと、安堵したように「よろしく頼むよ」と笑った。
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