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あれから2週間に一度は会いに行った。
最初は距離があった弟も、次第に慣れてきたのか「修お兄ちゃん」と呼んでくれるようになった。まだ兄だとは言っていないのだが、その言葉が妙にくすぐったい。
一人遊びも段々と二人遊びに変わっていき、サッカーやキャッチボール、時にはショッピングモールにも出かけた。
仲良くなっていく僕たちを見て、昭久さんは喜びを隠さなかった。
だけど決まって「どうだった」「何か変わったことは」と聞いてきた。
何か思うことがあるのだろうが、敢えて聞かなかった。必要なら、言ってくるだろう。
ある日のこと、いつも通り曾根崎家の最寄り駅の改札を降りたときの事だった。駅の改札を見ると、見慣れた小さい少年が目に映った。
改札を通り、「どうした」と優に声を掛ける。優は何も言わず、歩き出す。
前を歩く優の服は泥だらけで、右肘からは血が出ていた。
優の前に立ち、何があった、と聞く。暫く黙っていたが「何でも話す仲だろう」と言うとゆっくりと話し始めた。
「公園でいつも通り遊んでいたときに、同じクラスの須藤くんが押してきた」
「・・・どうして」
「僕の事、気持ち悪いって」
心の底から、怒りが込み上げてくる。
「そいつ、どこにいるんだ」
「いいんだ」
「よくない」
「いい、本当に。僕が修兄ちゃんを待っていたのはね、公園で僕と遊んで転んだっていうことにして欲しいんだ」
お願い、と頭を下げて言ってくる。
「どうして」
「心配するから」
「それは心配するさ。今聞いた僕だって心配しているし、そいつの事を許せない」
「本当にいい。いつものことなんだ」
「いつもそんな事をされているのか」
優は首を横に振る。
「いつもは言葉だけ。今日は多分、イライラしていたんだと思う」
優の目をじっと見つめる。視線を逸らさず見つめ返してきた。その目は「言わないで」と訴えている。
「内緒は、いつかばれる」
「バレたときは正直に言うよ。きっとバレない」
「どうしてそう思う」
「父さんには、きっと分からないよ」
少し悲しげに言う優は酷く弱々しく映った。俺はその手を引く。
「なぁ、優はどうしていつも公園に行くんだ。飽きるだろう」
「・・・探しているんだ」
「何を」
「僕と同じように、一人で遊んでいる子を」
立ち止まって優を見た。俯きながら、優は続ける。
「お母さんと、歩いて行った公園。小さいとき、砂場で遊んだ。家を作った。毎日、次の日には崩れている」
この子に取って、あの公園は思い出の場所だった。でももう母親はいなくて、父親は家にいる。一人では寂しかったのだろ。
「どんなお母さんだった」
「あんまり覚えていない」
それはそうだ、当時優は四歳。あれからもう6年経つのだから、記憶も薄れていくだろう。
「でも一つだけ覚えてる。猫」
猫?
「お母さんは猫が好き」
「そうなんだ」
優は道路の真ん中を指さした。
「一緒に歩いているときに、猫が横になっていて。お母さんと近くまで行ったんだ。猫は真っ赤になっていたんだ」
それは、猫の死体か。
違和感を覚える。
「お母さんが、猫を触って、言ったんだ。見て、生き物には血が流れているの。勉強になったわねって」
違和感が、自分の中でどんどんと膨れ上がっていく。
普通の事では無い。
四歳の我が子に、猫の死骸を見せる。
一つ違和感を感じると、どんどんと膨れ上がっていく。
「ちょっと、待ってて」
優を道路の端で待っているように伝え、アドレス帳から父の病院先へと電話を掛ける。
ツーコールで病院の受付が出た。
「すみません、明石先生、いらっしゃいますか」
少々お待ち下さい、と言われ、アップテンポな保留音が流れる。
明石先生は、父が精神病院へ入ってからの主治医だ。その明石先生が、この前妙な事を言っていた。
『お待たせ致しました。申し訳ありません。ただいま明石は所用で出ておりまして。今日はもう戻らないんです』
「そうですか。分かりました」
電話を切る。くそ、こんな時に。
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