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学校からの帰り道。前を歩く人が道路の真ん中を避けて通った。
『それ』を見ないようにしながら通り過ぎる。
近づいて見ると、それは猫の死骸だった。
よく観察する。
白が赤に染まったであろうその身体をよく見る。間違いなく、死んでいる。
その息絶えた姿を見て、自分の口元が緩むのを感じた。
「修。実はお前に弟がいるんだ」
「え」
夕食時、信二叔父さんが突然そう言ってきた。
「どういうこと?」
「弟と言っても、幹の子ではない。『あいつ』と、その愛人の子だ」
あいつ、という物言いには深い憎しみが込められていた。
食べた物が胃を逆流していく感覚に襲われる。慌てて口を押さえた。
大丈夫か、と優しく語りかける叔父さんに頷いてみせるが、大丈夫では無かった。
「順を追って話す。六年前のあの日、母さんの葬式が終わった後の話なんだが」
僕の母さんは、六年前に殺された。愛する夫に。つまり、僕の父親に。
事件当日、もう一人遺体となって発見されたのが、愛人の曾根崎美里という女性だった。マンションの三階からの転落死。一緒に落ちた「奴」は助かり、愛人だけが死んだ。打ち所が悪かったとのことだ。
世間では様々な噂が流れた。愛する妻を殺し、愛人に一緒になろうと迫ったが断られ、どうせなら心中しようと思った。実際の所、どんなやり取りがあったのかは分からない。唯一生き残った奴は、あの日以来精神に異常をきたし、まともに会話すら出来ない状態になった。
「俺はその愛人の事がずっと気になっていた。どんな女だったのかを知りたくなった。あの時の俺は、何か行動をしないと自分が何をしでかすか分からなかったんだ」
叔父さんは一度も僕に弱みを見せたことは無い。当時12歳だった僕にも、当然。そんな感情があったというのも分からなかった。
「それで、どうして居場所が分かったの?」
「荷物の整理をしていたときに、奴宛の曾根崎美里からの手紙が一枚出てきた。挨拶程度の内容だったが。そこの住所に行ってみたら、居たんだよ」
「誰が」
「夫と、息子が」
え、と声が漏れる。愛人に旦那がいたことも息子が居たことも。全てが初めて聞くことで、頭の整理が追いつかない。
「俺は自分の事を包み隠さず話した。その夫、名前は昭久と言うんだが。彼は俺の話を最後まで聞いて、ただ頷いた。彼とは妙に親近感が湧いて、徐々に仲良くなっていった」
当時を懐かしむように笑う。亡くなってからずっと会いに行っていたとなると、もう6年になる。叔父さんにとって、その昭久という人の存在は今も大きいのだろう。
「一つ、彼を不憫だと思った事がある。当時の彼は自分の妻が不貞を働いていたと言うことを未だに信じていなかった。そんな姿は微塵も見せなかったらしいし、家には根拠となる物が何も無かったみたいだ」
「実際、本当に愛人だったの?」
僕は曾根崎美里について何も知らない。ただ、母を殺した理由が当時噂されていた理由以外で思い浮かばなかったのだ。
「どうだろうな。確実に言えるのは、奴と曾根崎美里は知り合いだった。どこで知り合ったのか、幹は知っていたのか、そんなことすら分からん。妻子持ちの家に堂々と手紙を送っても大丈夫な関係だったと思いたいが。ただ、夫と息子が居ても関係なく、呼ばれたら深夜に家に行くような仲だったということだ。それを昭久くんは知らなかった」
昭久くん。その呼び方には親しみが込められている。
妻が知らない間に知らない男と、その男の家で会っていた。客観的に見ると不倫を疑う。
「何も残っていなかったの?メッセージのやり取りも?」
「全く残っていなかったらしい」
会っていたという痕跡を消していたのだろうか。連絡先を含めて全くないというのも逆に不自然だ。手紙を送る仲なのだから。
「俺たちは頻繁に連絡を取り合っていた。一年が経ったある日の事、彼がこんな事を言い出した。もしかすると、自分の息子の父親は「奴」かもしれないと」
「ちょ、ちょっと待って」
急な展開に慌てて口を挟む。叔父さんは酒が回っているのか、話が行ったり来たりしており掴みづらい。
「実は、曾根崎美里と出会ったとき、既に一歳の子供を連れていたらしいはその子供は、元彼との間に出来た子で、相手側が面倒が見れないという理由で見捨てられたとの事だ」
「その父親が、奴だって?」
「あぁ。そう思った理由を聞いても彼は言わなかったが。俺は、そこまで不安ならDNA鑑定をしたらいいと提案した」
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