『ある姉妹についてのはなし』

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「彼を探して欲しいんです」と僕から見てテーブル挟んだ正面の右側に座る瓜二つの顔をした女の子のうちの一人が言った。 「どうかお願いします」と僕から見てテーブルを挟んだ左側に座る瓜二つの顔をした女の子うちの一人が言った。  僕は相手に不快感を与えないように双子の姉妹の容姿を子細に観察してみたが、その違いはほとんど分からなかった。二人とも少女のように幼く見える顔つきをしていて、肌は純白の塗料を垂らしたように白くハリがあった。額にかかった前髪は二人同じ長さで整えられていて、二人の成長速度は全く同じ速度で進んでいるかのようだった。そのシンクロ率は控えめにいっても異質だった。そして彼女たちはどちらも魅力的な容姿をしていた。 「話を進める前に、どちらが姉か妹か聞いてもいいかな?」 「私が姉で」と右側に座る女の子は言った。 「私が妹です」と左側に座る女の子が言った。 「ありがとう。覚えておくよ」と僕はささやかに言った。「つまり君たちの話をまとめると、彼は四日前の夜中に自分の部屋から抜け出して急にどこかに行ってしまった。必要最低限の物しか持って行かなかったようで、彼の私物のほとんどが部屋に残されている」 「多分彼は財布と何冊かの本しか持って行かなかったと思います。携帯はテーブルの上に置かれていました」 「あと、彼が使っていた爪切りがなくなってしました」  妹が彼が残していった事実を簡潔に言うと、補足するように姉が付け加えた。爪切り? 「そのほかの物はすべて残っていたんだね? 服やら下着やら……例えば腕時計とか」  僕が尋ねると双子の姉妹は同時に頷いた。僕は彼が夜中にベットから音を立てないように抜け出して、財布と本と爪切りだけを持ってどこかに出かけていく事を想像してみた。その想像は彼に至ってはなんとか成立するように思えた。 「そのうちふらっと帰ってくるんじゃないのかな? 彼が知らないうちに一人で旅行に行くことはよくあることなんだ」と僕は言った。「この前は一週間くらい東北へ行っていたし、いつのまにかにベトナムに行っていたこともあったよ。その時は確かココナッツクッキーをお土産に買ってきてくれた」 「おいしかったですか?」と妹の方が訊いてきた。 「生産国が日本だったんだ。まずいはずがないさ」  それを聞いて双子の姉妹はクスリと笑った。その笑みの作り方には僅かな違いがあって、その違いが僕を何故か安心させた。僕はどうやら彼女らを複製体が何かと勘違いしてきたらしい。 「まあとにかく、もう何日か待ってみたらどうだい?もしも何事もなかったみたいにふらりと帰ってきたらなにか苛めてやったらいいさ。その時は僕も手を貸すよ」  彼女たちは他に何か言いたそうに視線を彷徨わせていたが、やがて諦めたように小さく頷いた。  別れ際に双子の姉妹は帰る家がないことを知った。彼女らはどうやらこの地域の人間ではないらしく、彼の家で寝泊まりしていたらしい。彼がいなくなってからは、家主がいない家で泊まるのも申し訳なく近くのホテルで泊まっていたそうだ。 「彼が勝手に出て行ったんだ。家の鍵を持ってるならとりあえず彼の家を好きに使ったらいいよ」  僕がそう言うと、双子の姉妹は僕に向かって揃って深々と頭を下げた。
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