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私は眠る兄の、髪を撫でる。窓からこうこうと月がさしていた。
なぜだか頬がぐっしょり濡れて、息がうまくできないでいた。
兄ちゃん、兄ちゃん、お母ちゃんはもうおらんで。
「お母ちゃん」
私はなつかしいそれを口にした。
その時の女――母の顔――を、私はなんと言えばいいだろう。私まで黙ってしまった。
私たちはしばし見つめ合った。
「ママ、どおしたん?」
下の子どもが、母の上着の裾を引っ張った。母は、はっとなり、子どもに笑顔を作った。
「何でもないよ。いこか」
そう言って、向こうに歩いて行ってしまった。
手の中の餃子の皮は、汗をかいて濡れていた。
母は綺麗な服を着て、肌も髪の毛も、つやつやしていた。子どもも傷一つ、ついていなかった。
母は、違う世界の人だった。ナプキンを三つくれるような人になっていた。母は自分だけ、あっちへ行ってしまったのだ。
体が布団を抜けて、落ちていくような気がした。
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