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俺、焦げたホットケーキを食べる
重い身体を起こし、階段を気怠そうに降りていくと、奥のキッチンから何かを落す音に、アニキの悲鳴が聞こえ、暖簾を潜った先には、父さんのエプロンを付け、散乱したボールやフライパンを拾っているアニキの背中に声をかけた。
「何やってんの?」
「お! 謙吾くんおはよぉ!」
「腹減ってんなら俺が作るよ」
落ちたものを棚に直してるアニキを横目に、テーブルに置かれたレシピのノートを手に取り、開いてあったところに目をやると、そこに書かれたイラストと達筆な文字に、母さんが秘密と言って見せてくれなかったノートだと気づいたところで、そのノートは、アニキの手によって奪われていく。
「なんだよ」
「今日は、おにーちゃんが作らなきゃ意味ないんだ! 顔洗ってこい」
「あーそー! 言われなくてもそうするよ!」
早く行きなさいの言葉にいらつき、好きにしてくれと頭を抱え、キッチンから出た廊下で足が止まった。
バタバタと慌てて出ていく俺に、小走りで追いかけ、お弁当を渡す母さんの笑顔。
今でもあの時のいってらっしゃい。っていった声が、頭の中で再生され、届くはずのない「行ってきます」の声に、何やってんだろうと、後頭部をかき、洗面所へ向かう。
事をすませて戻ってくると、キッチンからリビングに向かって、天井を白い煙が流れ、焦げ臭い匂いに、火事か! と思った俺が急いでキッチンに向かった。
「何やってんだよ! アニキ!」
どうした?と落ち着いているアニキを素通りした俺は、慌てて換気扇を回し、窓を全開に開け、安堵したが、顔を除いてきたアニキは満面の笑みで、言葉を無視して、食卓の椅子に座らせた。
ご機嫌なアニキが怖い。
「なぁ、アニキ」
「お兄ちゃん」
「……あのさぁ」
「よし!できたぁ!」
無視かよ。
鼻歌を歌い、お待たせとテーブルの前に置かれたのは、少し黒焦げになったホットケーキ。
白い煙の原因はこれか……
「まぁ、焦がしたけど母さんのレシピ通り作ったから味に問題ないはず!」
「……アニキ……ホットケーキが食べたいなら俺が作るのに……」
「それじゃぁ意味がないんだよ、今日は謙吾くんの誕生日だろ? おめでとう」
そして、生まれてきてくれてありがとうと、アニキの手が俺の頭を荒く撫でる。
母さんが、誕生日にはいつも決まって言ってくれていた言葉を言われ、いつもなら手を振り解いてガキ扱いするなって叫ぶのに、それすらできずに、ただ涙だけが溢れ出てきた。
「え?! お、おい! 謙吾くん?!」
「うっさい、黙れ」
止まることのできない涙を、手で何度も拭いた所で拭い切ることはできず、アニキに暴言を浴びせる事しかできない俺の身体を、アニキは何も言わず抱きしめ、背中をゆっくり撫でるその温もりに、糸が切れたように、大声を出して泣いた。
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