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俺、救世主に救われる
散々アニキに宥めながら泣いた後、焦げたホットケーキを食べ、これ以上物を壊されるのは勘弁してほしい俺が、片付けという名の後始末中。
アニキはアニキで、諸々の事務作業をスマホ片手でこなしているのだが、メールの通知音が聞こえた後、突然アニキが叫びだした。
何事かと駆けつけた俺が見たのは、スマホを持ったまま固まるアニキの青ざめた顔。
「謙吾くん! おにーちゃんは今から留守で遠くに行く! これから訊ねてくる相手に兄は帰ってこないから! って言って」
「嫌だ」
「朝メシにホットケーキ作っただろ?!」
「あにさー……あれは俺が誕生日だからって言ったじゃねーか」
突き放す俺に、何か言い返そうとしているアニキの顔が、面白いぐらいに青ざめていき、俺の後ろを指さして後ろへと下がっていく。
例えて言うなら、ホラー映画とかゾンビ映画で話している相手を指差して、後ろ、後ろを見て! ってあんな感じ……後ろに誰が居るってんだよ……
なんだよとアニキに言おうとしたが、嗅いだことのある香水の甘い匂いと、アニキの態度に察した俺は、突然現れた救世主にテンションが上がる。
「あーちゃん!」
「Hi Honey、Hi Brother! How are you?」
「誰がhoneyだ! 謙吾くんから離れろ!」
ネイティブな英語て、アニキをhoneyと呼び、俺をBrotherと呼んでハグを交わすこの人は、あーちゃんこと、桜雫 愛咲陽。
アニキの同級生で、アニキがもっとも苦手な相手のあーちゃんは、イケメンというより、まつ毛の長い美人系なルックスの帰国子女。
ブランド物のスーツで身を固めたあーちゃんの仕事は刑事である。
刑事の安月給なのにブランド物で身を固めてるのは、見た目だけでもよく見せろと財力のあるパパの教えに従ってるらしい。
ハグの標的をアニキに変え、あーちゃんに抱きしめられているアニキから、口パクで助けを求められるが、こんな楽しい状況、止めるわけないだろ? ざまぁみろ!
「honey、そんな無精髭にボサボサの髪でおじさん達に会うつもりか? 直して来い」
「偉そうに言うな! 大体まだ警察から連絡が来てな……お前まさか……!」
「だって俺刑事だもーん、解剖終わってから葬儀場に運んじゃった♡」
俺って効率のいい男でしょ?とへらへら笑うあーちゃんに頭を抱えるアニキ。
二人の掛け合いは、俺とアニキのソレを見てるようでなんか恥ずかしくなってきた。
止めに入ろうとしても、ヒートアップしていく二人を眺めながら、アニキが淹れたコーヒーを口にする。
「喪主は俺であってお前じゃないだろ!」
「honeyの親は俺の親でもあるんだから問題ないだろ? あと喪服は用意してあるからな」
「ざんねーん! 喪服ならある!」
「あー……あれ? 新卒の時に買ったダサいスーツ? それなら捨てたけど?」
あーあ……あーちゃん……これは地雷踏だよ……
アニキ曰く、物には一つ一つの思い出があるからと大事にする人で、母さんがビンテージのジーンズを洗っただけでも暴れるんだからこれは……
「殺してやる」
だよな……
あーちゃんごめん……こうなったアニキは俺でも止められないんだ……
あーちゃんの頭を脇に抱え締め上げるアニキの腕を叩き、ストップと叫ぶあーちゃんの声を聞きながら、心の中でご愁傷さまと手を合わせた。
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