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俺、飼い主に魔法のホットケーキを作る
は?!と大声をあげたのは、先輩ではなく、あーちゃんにからかわれていたアニキの方で、唖然としている先輩に突っかかっている。
そんなアニキを黙らせようと、渾身の力を込めて机を叩き、アニキを睨むと掴んでいた先輩の襟ぐりを離し、腕を組んで俺の言葉を待つが、その目が怖くて、吐き出そうとした言葉が詰まる。
これで引いたら生地獄への扉が開いてしまう……冗談じゃない! 負けてられるか!
「俺!先輩の為なら何でもできます!仕事探して家賃も食費も光熱費も毎月払います!だから!俺を飼ってください!」
「飼ってください? 謙吾! 何考えてんだ!」
あーちゃんが、怒るアニキの身体を封じ込めている間が勝負。
一歩下がり、お願いしますの言葉と同時に深く頭を下げ、先輩の返事をまつ。
しんっと静まりかえった部屋には、カチコチと時計の針が動く音だけが響き、妙な緊張に変な汗が額から流れる。
頭を下げたままの俺は、心の中で何度もうんと言って! うんと言って! と呪文のように唱えていたが、先輩から名前を呼ばれると、頭をゆっくり上げた。
「1年だ……1年で俺を落とせるなら……居候させてやる」
「椿!!!」
「マジで?!」
「お前たちだけで話を進めるんじゃない! 椿も簡単にオッケー出すな! 謙吾! おにーちゃんと話そう!」
「俺!後悔させないように頑張るから!」
わかったわかったと頭を撫でてくる先輩に頑張ります!と元気よく返事をするが、隣にいるアニキの視線が刺さる。
そして、高校を卒業してすぐにピアスを開け、あちゃんの親が経営しているホテルのレストランで務めることになり、アニキの手回しで、寮からマンションに引っ越した先輩と暮らし始めたのだけど……
「見事にフラれて捨てられました」
小さく笑って、コーヒーを注いだマグカップを吉野さんの前にそっと置く。
顔をあげた吉野さんの目は、今にも泣きそうで、その姿に、胸が何かに掴まれているように苦しくなり、過去を話した事に後悔した。
「謙吾くんは強いね」
「強くないですよ…今でも泣きたい気持ちでいっぱいなんです」
「でもいつも笑顔でいるから」
「アニキと約束したんっすよ」
葬式後の火葬で、並んだ両親の遺影の前に立ち、突きつけられた現実と、小さな窓から見えるオレンジ色の炎が永遠に触れられなくなるという実感。
アニキに気づかれないように、声にして泣いてしまいそうになる口を両手で抑え、堪えていた俺の肩をアニキが力強く抱く。
「笑え、泣きたいこそ笑え、母さんに心配させるな……って、自分だって泣きたいくせに……だから俺は笑顔でいるんです」
なんと声をかけていいのかわからないのだろう、口を閉ざした吉野さんに、俺はいつも以上の笑顔を見せ、母さん直伝!笑顔になる魔法のホットケーキを吉野さんに用意した。
勿論、一口、ホットケーキを口にした吉野さんからは、美味しいの言葉と共に、眩しすぎるほどのエンジェル・スマイルが飛び出す。
うん、やっぱり母さんのホットケーキは魔法の食べ物なのかもしれない………
end……………
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