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姉はその顔へにこやかな微笑みを浮かべ、如何にも楽しげな調子にてこう語り始める。
「そうねぇ、桜の季節の死に方ってなると、やっぱり心中よね。
素敵だと思わない、心中って?
桜が満開のその季節、しんとした夜中に花筏を湛えた水面へ二人して身を投げるの。
その小指同士を赤い糸で結んじゃったりしてさ。
そういうのって、まさに桜の季節の死に方の王道って感じだよね」
サンドイッチのお弁当を拵えて、春の野山へピクニックに行きましょうといった楽しげな調子にて姉はそう語る。
その口調はどこか危うげで、そしてジワリとした熱もまた湛えているように感じられた。
その熱に危うさを感じた僕は、やや冷たさを孕んだ口調にてこう問いかける。
「心中ですか、いいんじゃないですかね。
昭和の文豪って感じで雅やかですし。
例の『彼氏さん』にでもご相談されては如何でしょうか?」
そう。
この姉には交際を始めてから1年ほどになる彼氏がいるのだ。
去年の春に大学へ入ってから、程無くして交際を始めた『彼氏』が。
僕が発した『彼氏』という言葉は、きっと棘のある響きを帯びていたんだろう。
途端に不機嫌な様子となった姉は、吐き捨てるかのような調子にてこう口にする。
「あのねえ…。
あの彼氏にそんなこと言う訳なんてないでしょ。
私達、ごく普通にお付き合いをしているのよ。
ごく普通にお喋りをして、ごく普通にデートをして、ごく普通にご飯を食べてるのよ」
そこまで告げてから一息付き、そして、駄目押しのようにこう口にした。
「それからね、ごく普通にエッチだってしてるのよ」
そう告げた姉は大きく溜息を吐き、ガクリと項垂れた。
けれども、僕の顔をチラリと見遣った姉は、少しの躊躇いの後にポツリとこう口にした。
「ごめん…、ちょっと言い過ぎた」と。
僕の顔色も、そして表情も、きっと只ならぬものになっていたんだろう。
胸中に渦巻く様々な気持ち、それらを表には出すまいと抑えていたつもりだったんだけど。
怒りや悲しみ、やるせなさや絶望。
そして胸の中にて燻り続けている熱のある想い。
胸中に蠢く黒々とした感情を抑え込むようにして、僕はこう言葉を返す。
あくまで淡々とした、申し訳なさを含んだ口調にて。
「いや、僕のほうが悪かったです。
姉さんにそんなことを言わせちゃって」と。
僕は思った。
もう、限界なのだろうと。
姉も、そしてこの僕自身も。
喫茶店の中は相も変わらず閑散としたままだった。
有線放送から流れるBGMは流行りのラブソングだったけれども、その明るく脳天気な歌声は、まるで異世界のものであるかのように空々しく聞こえてしまった。
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