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僕の父と、この姉の母親とが再婚したのは五年前のことだった。
僕の実の母親は十二年前に亡くなってしまっていた。
妊娠中だった母は切迫流産となってしまい、結果、お腹の中の妹と共に命を落としてしまったとのことだった。
姉の実の父親は、所謂『DV夫』とのことだった。
その父親はアルコール依存症の傾向もあり、毎晩のように飲み歩き、そして遅くに家に帰っては姉の母親に対して酷い暴力を振るっていたとのことだった。
姉の母親がその『DV夫』と離婚したのは七年前のことだった。
DV被害者の支援団体に係わっていた縁で僕の父親は姉の母親と知り合った。
そして、紆余曲折を経て再婚するに至った。
再婚を申し込む時、僕の父親は姉の母親、そして姉に対してこう誓ったとのことだった。
姉のことを本当の娘だと思って大切にすると。
実の父親が与えることの出来なかった、心から安心して過ごせる家庭を作ってみせる、と。
僕も交えた幾度かの顔合わせを終え、再婚を間近に控えたある夜のこと。
父親は僕にこう告げた。
姉のことを、授かることの出来なかった娘だと思って、本当の娘だと思って接すると。
姉と僕とは一歳しか違わないけれども、血の繋がった実の姉だと思って接するように、と。
そして、冗談めかしてこうも告げた。
もし、お前が姉と間違いを犯したならば、その時はお前を殺して俺も死ぬからな、と。
その言葉に、僕は肝を冷やされるような思いを抱かされた。
姉と会ったのはまだ2、3度だったけれども、その時から僕は既に、彼女に対して恋心めいた気持ちを抱きつつあったのだ。
その気持ちを見透かされてしまったように思えたのだ。
実際、父親は僕の内心には気が付いておらず、それは冗談めかした脅しだったように思う。
けれどもそれ以来、僕は父親の言葉と姉への想いの狭間にて煩悶し続けることとなってしまった。
父親と姉の母親とが再婚し、一緒に生活するようになって以来、僕の想いは膨らむばかりだった。
実際、姉は美しかった。
パッチリとした二重瞼の中のやや茶を帯びた瞳はキラキラと輝くようで、とても魅力的だった。
背中の半分ほどまでの長さのやや茶色がかった髪の毛は、白い顔色とよく似合っているように思えた。
背は僕より頭半分ほど低かったけれども、その体付きはスラリとしていて、そして程良い女性らしさも湛えていた。
一緒に暮らし始めたのは、僕は中学2年で姉が中学3年の頃だった。
それは姉の卒業の日のことだった。
僕達の通っていた中学校では、卒業の日に告白することが生徒達の間での伝統のようなものになっていた。
当然ながら、姉も同級生の男子から告白されるはずだった。
女子達の中でも姉のその容姿は秀でていて、多くの男子が姉に想いを寄せていることは嫌が応でも噂として僕の耳に入って来ていたのだ。
告白された姉がそれを受け入れて交際を始めたのなら、僕は姉を諦めることが出来る。
そうしたら、僕達は普通の姉と弟として係わることができる。
物寂しさ、そして苦悶を抱きつつも、抱える苦しさから解き放たれるであろうその日が訪れることを、僕は心待ちにしていたんだと思う。
卒業式は午前中に終わり、3年生達は昼頃にはおおかた帰宅していた。
2年生の僕が部活を終えて帰途に就いたのは夕方の六時頃、もう暗くなりかけていた頃だった。
学校の正門を出ようとした僕は、門の傍に佇む姉の姿を認めた。
どうしたの?と訊ねる僕に対し、一緒に下校するのは今日が最後だからと姉は答えた。
そして、僕と姉は並んで帰宅の途へと就いた。
一緒に歩く最中、僕は姉に訊ねた。
誰に告白されたの?と。
寂しげに微笑んだ姉は、その首を左右に振った。
その時、僕はこう思った。
きっと、意中の男子からは告白されなかったんだろう、と。
僕の心の中に複雑な感情が湧き起こる。
驚きであったり、気の毒な思いであったり。
戸惑いであったり、はたまた喜びであったり。
湧き出でた様々な感情を誤魔化すようにして、僕は姉へと問い掛ける。
姉さんってすごく人気あるじゃない、告白はされたんでしょ?と。
姉はこう答えた。
何人からか告白はされたけどさ、でも別に好きな人じゃなかったから断った、と。
自分の心の中が安堵に満たされていくのを、僕は不思議に思った。
その安堵感は、僕の口を軽くしてしまったんだと思う。
姉さんの好きな人って誰なの?代わりに伝えてきてあげようか?と僕は口にした。
僕の言葉を耳にした姉は、その足を止めた。
白々とした街灯が照らす中、俯いた姉はその肩を細かく震わせていた。
僕は戸惑う。
何か姉を傷付けることでも言ってしまったのかと狼狽える。
戸惑う僕の耳に、震えるような姉の声が響き入って来た。
「馬鹿…
私が告白して欲しいのって…、君なんだよ。
何で…、どうして気が付いてくれないの?
初めて逢った頃から君のことが好きだったのに…。
酷いよ、そんなこと言うだなんて。
酷いよ…」
その後のやり取りのことをハッキリとは覚えていない。
でも、その日からだった。
僕と姉との地獄が始まったのは。
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