プロローグ─愛し子と呼ばれる前の話─

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慌てて左手に持ち替える。右手はじっとりと汗ばんで赤くなっていた。 このままここにいたってどうしようもない。 ここで引き返して、僕を毛嫌いするおじい様のところになんて戻りたくなかった。 振り返るのはやめて、萎んだ怒りを奮い立たせる。僕はもう一度歩いた。 何に導かれるでもなく、ゆっくりと歩いた。永遠に続く田園風景の中を小さな歩幅で。足が重石を引きずっているみたいになるまで歩き続けた。 足の裏の痛みはひどくなる。とうとう歩けなくなって、トランペットケースを抱えて、その場にしゃがみこんだ。 胸にはもう「帰りたい」という願いが浮かんでしまっている。 今度こそ引き返そうか、しぶしぶ顔をあげた。これ以上、前に進めばそこはこんもりとしたブロッコリーのような木が密に生える森しかない。 「…?」
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