プロローグ─愛し子と呼ばれる前の話─

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自分の部屋へ駆けこんで、大切なトランペットケースを握りしめて、この狭くて、重苦しい屋敷から飛び出した。 後ろから怒鳴るような声と、悲痛な、呼び止めるような声が聞こえてくる。 だけど無視した。 目から零れる何かが鬱陶しかった。もっともっと早く走らないと。振り払えそうにない。 僕は走った。訳が分からなくなるまで。今いる場所がどこなのか分からなくなるまで。 足を止めた。視界に広がるのは、無限の緑と青の田園風景だ。 「…っどうしよう」 あたりを見渡す。すっかり人気のないその場所は無表情で、ただぽつりぽつりと立つ木だけが囁き声で会話をしていた。 あの子は誰? 知らない子だ。 どこかよそよそしい風で、葉を鳴らす木々に膨らんだはずの怒りが萎んだ。
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