プロローグ─愛し子と呼ばれる前の話─

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せめて屋敷は見えないかと思って、背後を振り返る。 田園風景の中に不自然なくらい堂々と建っているはずのお屋敷は、本当にもう見えなかった。 このまま帰れなくなって、お水もご飯も食べられなくなって死んでしまうのか。いくら喉が渇いているからと言って、目の前の田んぼの水を飲む気にはなれない。 じゃあ、どうする? 考えてはみるけれど、何も思いつくことが出来なかった。 期待を込めてもう一度背後を振り返ってみる。やっぱり誰も追いかけてはきていなかった。 誰も僕の心配なんてしていなかった。 そう思うとすっかり力も抜けてしまって、うっかり手に持ったトランペットケースを落としてしまいそうになった。
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