青褐のカンパネルラ

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「カメラを持ってくるのを忘れた。それにスマホもない」 「でも構わないでしょ?……私はいるし」  彼は茜の言葉に納得すると、興奮で熱った体を冷やすように小舟の縁に身を預けました。彼は天の川を見上げて言いました。 「おや、あの河原は月夜だろうか」 「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ」  茜も銀河を見上げて言いました。そして微かに笑うと、彼も笑いました。菫青色の光の帯が纏う星雲が夜空の中を踊るように漂い、光は今もしんしんと青宝玉の世界に降って溶けていきます。 「ねぇ、昴くん。本当の幸いってなんだろうね」  茜は小舟の縁に肘をついて聞きました。昴は星雲の流れが、浮遊する水海月のようだと思っていました。 「ジョバンニはみんなの幸せのためならこの身を焼いても構わないって言ってるけど、自分を犠牲にすることが本当の幸せなんて私には思えないな」  茜は降り注ぐ光に手を伸ばしました。指先で触れるとそれは粉砂糖のように指の間をさらさらとすり抜けて消えてしまいました。宙に取り残された手を水面につけると、指先に何かが触れました。生暖かい水中に手を入れたまま小舟に流されていますと、次から次へと、絹のような手触りの何かが指先を掠めていきます。目を凝らして水面を見てみますと水草が揺蕩い、小舟の進む方から睡蓮やその浮葉が菫青色の光の帯を映した水鏡の中を流れ、やがて小舟は銀河のうす紫に染まった睡蓮の間をすいすいと進んで行くのでした。 「まるでモネの絵のなかに迷い込んだみたいだ。星月夜の蓮池はこんなに美しいのかな」 「そうだね。ねぇ、これ持って帰れるかな」 「どうして」 「病室に飾るんだ。あの部屋は味気ないから、植物を置きたいって思っていたの」 「公共の場を自分の部屋にするなよ。でも、いいんじゃない」  昴は茜から目を逸らし、小舟が進む方を見ました。
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