喪失と消失

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真郷とも、この食堂で知り合った。 15時までの営業時間以降の食事の提供はしないが、15時ギリギリに注文した人が15時30分くらいまでいることはある。 その日も15時になり調理員さんたちは清掃を始め、私はボードの記事の張り替えをしていた時、不意にすぐ後ろで聞こえた 「かぼちゃが食えた」 に驚き、ビクッとして持っていた画ビョウを床にばらまいてしまった。 「すみませんっ…」 慌てて画ビョウをかき集めようと手を伸ばした私を制した彼は 「そんなんじゃ、手に刺さるぞ」 と、一つずつ拾い始めた。 「もう急ぐ時間でもないだろう?」 「…はい、ありがとうございます」 「いや、俺が急に声を掛けたから…」 一緒に画ビョウを拾いながら 「かぼちゃが食えた」 ともう一度彼が言う。 「副菜がかぼちゃの炒めものでしたね。かぼちゃ…苦手ですか?」 「煮物はうまいと思ったことがないから、大人になってから食ってないし、天ぷらが一切れ付いていても食ったり食わなかったり…まずいから」 エレガントな顔立ちの大人の男性が、眉間にシワを寄せて、かぼちゃをまずいと言うことが何だか可笑しい。
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