喪失と消失

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「小嶋くん、ちょっと久しぶりだな。お疲れ様」 「はい。専務、お嬢様のご婚約、おめでとうございます」 「うん、ありがとう。いい男と一緒になれると、本人はもちろん家内も私も喜んでいるんだ。ありがとう。じゃあ」 一瞬足を止めて、ありがとうと言った湯川専務が片手を上げて通り過ぎて行く。見えなくなるまでボーっと後ろ姿を見ていた私に 「結婚の話を信じていなかったって顔ね?」 小嶋さんが顔を覗き込むようにして笑う。 「狭間さんも悪気があったわけじゃなく、ただ人間の本能で自分が上へ上がれる方を選んだってだけよ。落ち込むことでもないわ。だって高卒知識のあなたと、一流大学で学び留学経験もある専務のお嬢様じゃ誰だって選ぶのは決まっているでしょ?」 そうか…真郷はその当たり前の選択をしただけ…ボーっと人のいなくなった通路を眺めたまま、聞こえてくる言葉を理解し受け止める。 「でも、今のままじゃまずいと思うわよ?昨日の帰りも私はあなたと狭間さんを見たって言ったでしょ?もしそれが専務やお嬢様の耳に入れば、婚約中の身でありながら他の女性と付き合っていたということになって、婚約破棄や慰謝料、そして彼が目指す上への道が閉ざされるだけでなく、彼への誹謗中傷とともに追い出されるでしょうね」 それは嫌だ…真郷に誹謗中傷だなんて絶対に嫌だ。 「今、あなたがここから消えると彼は誹謗中傷を受けることなく、皆に祝福されてお嬢様と結婚できる。何が狭間さんのためかは考えることもないわよね?」
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