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卵と醤油と僅かな塩だけの、この上なくシンプルな卵焼き。由奈の卵焼きにはいろんなバリエーションがありどれも美味しいが、俺の一番はこの卵焼きだ。彼女がうちに泊まった日や、俺が彼女の部屋に泊まった日、香ばしい醤油の香りが焼いている時からキッチンいっぱいに広がるこの卵焼きは、食べる前から幸福感を得られ、食欲をそそられる。甘い卵焼きにはない魅力だ。
「あなた…誰かのストーカー?」
誰かの…か。すぐには教えてくれなさそうな様子に苛立ちと、由奈を守るためには正解だという気持ちとが入り交じる。
「まさか。でもそれを証明するのは難しいですね…これまでこれだけ探し回っていたんですから」
何を言うのかと、俺から目を離さない店員に続けて伝える。
「迎えに来たと伝えてください。由奈が東京を離れることになった元凶は民事訴訟を起こされて、会社を懲戒解雇されている。それから、俺は誰とも結婚していないとも必ず伝えてください。お願いします」
その時、客が続けて来たので邪魔にならないように横に避ける。2、3個ずつ買って行くところを見ると繁盛しているのだろう。
「さっきのお弁当、ゆっくり食べて下さい。箸袋にも書いてあるけど…うち、ここだけじゃないんですよ。私が言えるのはこれくらいです。伝言板にもなれません」
「十分です。お忙しい時間にお邪魔しました。失礼します」
ガバッと頭を下げた俺の上を
「いらっしゃいませ~」
店員の声が通りすぎる。またしても弁当を3つと言っている客とぶつからないようにしながら俺は車に戻った。
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