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「どうもー。牛の首チャンネルのモーです。ご覧いただきありがとうございます」  二つ目の動画は部屋の中での映像だった。  固定されたカメラアングルの中央にモーが写り込み、その手に持つのは前回の動画で使われた犬のぬいぐるみ。  撮影時間はわからないが部屋の電気はちゃんと付けられており、モーの顔がマスクはあれど少しだけはっきりとした。  声からして若めだと思ったが、顔立ちもやはり若く見える。大学生、もしくは社会人になりたてといったところだろうか。  カメラを見る目は今どきの、若者特有の気怠さを含ませていた。 「えーっと、今回はですね。前回動画で相棒にしたこの幽霊さん。このしゃべる犬のぬいぐるみに入った方ですね。この方とお話していこうと思います」  そうしてカメラに見せられた犬のぬいぐるみには数珠がかけられていた。  前回動画で首輪に見えたものは、数珠だったのだ。  モーはぬいぐるみをひっくり返し、スイッチを入れてからテーブルに置いた。  カメラアングルの中央、モーと犬のぬいぐるみが向き合う形となっている。 「はじめまして、モーです。幽霊さん起きてますか?」  ぬいぐるみは上下に揺れてモーの言葉を繰り返した。  短い言葉を終えると揺れも終わり、モーとの間に静寂が訪れる。  モーはぬいぐるみの反応を待った。  少しして、ぬいぐるみはひとりでに揺れ出した。 『これを取れえええええ』  機械によって変声された甲高い声。  モーの声を繰り返した時も変声されて高くなっていたが、明らかに違う。年配の男の声だった。 「あ、起きてましたか。僕はモーです。あなたのお名前は何ですか?」 『これを取れえええええ』 「あなたは男性ですよね? 年齢はおいくつですか?」 『これを外せえええええ』 「あなたはトンネルにいた幽霊ですか? それとも、僕が降霊術で呼び出した幽霊ですか?」 『ここから出せえええええ』 「……うーん。会話にならないすね」  動画を見ている俺ですらそう思った。同時に、意味深な言葉を発するぬいぐるみ相手に自分の聞きたい質問だけをぶつけるモーには違う意味での恐ろしさを覚えた。  マスクをしたままでもわかるモーのため息に、俺はなんだかぬいぐるみの男に同情してしまいそうになる。 『俺に関わるなあああああ』  犬のぬいぐるみはそう言って上下に揺れたあと、自らスイッチを切って動きを止めた。  モーは「あっ」と眉をしかめただけでそれ以上の反応は見せなかった。 「えーと……実はですね、トンネルから帰ったあとに一回だけ会話を試みたんです。ぬいぐるみにちゃんと憑いたのかも確認したかったんで。でも、今見てもらった通りなんですよね。話にならないの」  モーは腕を組み、犬のぬいぐるみをじっと見つめた。 「勝手にスイッチも切っちゃうし。むしろ霊障に悩まされるかと期待してたんですが、思ってたのと違うんすよねー」  モーはもう一度ぬいぐるみを手に取り、スイッチを入れた。確かにマイクがカチッという音を拾ったが、モーの指が離れた途端にひとりでにスイッチが切れた。  断固として話したくない、そんな男の意思が伝わってくる。 「ダメですねー。せめて名前だけでも教えてほしいんですけど。この後の撮影もあるし、仮の名前つけようかな」  モーはまた腕を組んで天井を仰ぎ、数十秒の静止画を作り上げて「うん」とひとり納得した。  犬のぬいぐるみを持ち上げると、演技がかった動作で指をさした。 「犬だから、ワンさん! 聞こえてますか? 僕はあなたのことをワンさんと呼びますね」  ぬいぐるみは、もちろん反応しなかった。  モーはワンさんをテーブルに置き直すと、カメラに向き直って動画を展開させるための喋りを始めた。 「はい、改めまして相棒のワンさんです。本当はいろいろと聞きたいことがあるんですが、すぐには無理そうなのでおいおい質問することにします。聞いてみたいことがあれば、コメントやDMに質問を送ってくださいね」  モーはカメラに向けて頭を下げた。  これはつまり、質問があればどうぞ〜ということよりは、コメントしてね〜ということだろう。  チャンネル登録者数さほど多くないもんなぁ、と俺は改めて思った。 「では仮の名前がついたので、もう一つ重要なことを確認するためにこれから外の撮影に行ってきます。僕にとってはこれが重要なんでね。映像切り替わります、どうぞー」  手振りを大きくしたモーだが、すぐに「あっ」と声を上げて直前のフリを取り消すようにまた大きな手振りをした。  編集でどうにかすればいいのに、やはりそういった技術は持ち合わせていないらしい。 「ごめんなさい、言い忘れ。心霊写真特集もやりたいんで、お手元にもし心霊写真がございましたら僕に連絡をいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。では改めて、どうぞー」  そしてようやく、映像が切り替わった。  切り替わった映像は前回同様、またモーが暗闇の中にいた。  懐中電灯一つ、片手にワンさんを持ち、カメラはどうやら置いて固定しているらしい。映像の真ん中に収まるモーは、背後を照らしてその場所の説明を始めた。 「ここは僕の家の近所の墓地です。心スポじゃなければ曰くもない場所ですけど、まぁ、墓地なんでいるでしょ。行ってみまーす」  懐中電灯にワンさんにカメラ。  どう持とうか四苦八苦して、ワンさんは小脇に抱えることにしたようだ。  「僕の顔見えないですよね。インカメ撮影の方がいいのかな」と、やってみてはじめて気づく改善点にも気がついたらしい。  映像はモーの歩く先を映し、整然と管理されている墓石を懐中電灯の光が照らしだした。  見ている分には、不気味さは感じない所だ。曰くがないのも頷ける。  モーは揃わない大きさの砂利を踏みしめて進み、ちょうど墓地の中央辺りでカメラを置いた。 「はい、では重要なことを確認するために、ワンさんのスイッチを入れたいと思います。見やすいようにワンさんは地面に置きます」  モーはワンさんのスイッチを入れた。  カチッといつも通りマイクが音を拾い、地面に置かれたワンさんはその震動音にわずかにだけ反応した。  モーは映像内には入らず、カメラを持ち直してワンさんを映した。 「ワンさーん。起きてますかー」  モーが話しかけると、ワンさんである犬のぬいぐるみが揺れながら言葉を繰り返した。  その途中でバグが起こったように動作がぎこちなくなり、止まったかと思いきやそれまで以上に激しく揺れだした。 『どこだここはあああああ』 「ここね、近所の墓地です。ワンさん、何か視えますか?」 『俺を解放しろおおおおお』 「ワンさん、幽霊いませんか?」 『いるううううう』 「えっ、いるんだ。やっぱ視えるんですね」 『俺を巻き込むなあああああ』  カチリと、スイッチが切れた。  激しく揺れていたワンさんはぴたりと動きを止めた。 「巻き込むなって言われちゃいましたね」  モーは他人事のようにそう言うと、カメラで周辺をぐるりと映し出した。  もちろんそこに何かが映るわけでもなく、トンネル内のような奇怪な物音もしない。  風が吹けば草木の揺れる音が聞こえる、ただそれだけだった。 「僕には何も視えませんが、ワンさんは『いる』と言ってましたね。やっぱ幽霊同士だと認識できるんですね。相棒として一緒に心スポに連れて行きたいんで、ホッとしました」  モーはワンさんをカメラに映したまま持ち上げた。その首元にある数珠を指で撫でると、懐中電灯の光が水晶の球に小さく入り込んだ。 「ワンさん、仲良くしましょうね。いつかちゃんと、解放してあげますから」  動画はぷつりと、そこで終わった。
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