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残暑が終わり、秋が深まり。
紅葉が冷たい風に揺れると、あっという間に冬がやってくる。
空は灰色で、積もる雪は暗く沈んでいた。私の心の中のように薄暗く、晴れることなく寒さが続いていく。
春に新たな命が芽吹いても、夏の鮮やかな緑が暑さを運んでも、何も感じない。
創と見ることのなかった紅葉を見上げて、一緒に過ごすことのなかった冬をまた迎えることに、涙があふれた。
退院してからとっくに一年を越え、創と別れてからようやく一年を越えて。
時間薬などというものは私には作用せず、いつまでも創との季節を追っていた。
風に舞う桜色の花片を見上げたのはいつのことだっけ。
吹かれるままに身を委ねて流れていく春の色を、たまたま目に留めて窓から眺めた。
見覚えのある桜。私の中に彼を焼き付けた桜。たった一年の経過ではなんの変化もなくて、それが嬉しくもあり寂しくもあり。
今は親戚のお見舞いで再訪したあの病棟で、私は立ち尽くしていた。
「あら、お見舞い?」
そこに声をかけてきたのは入院中にお世話になった看護師だった。
創の発熱が精神面によるものだと教えてくれた人で、創からの手紙を預かってくれたのもこの人だ。
「はい。お久しぶりです」
「病室なら以前あなたが使ってた個室よ。場所、忘れちゃった?」
「? いえ、お見舞いはもう済ませたんですが……」
私が首を傾げて答えると、看護師も頰に手を添えて首を傾げた。「あら?」という疑問のあとには「私、今ちょうど点滴を換えてきたところなんだけど……」と続いて。
「創君のお見舞いに来たんじゃないの?」
と。
聞きたいことも言いたいことも山ほどある。
もし会えたら絶対にこれを、と今まで何度も考えてきた。何度も考えて、いくつも言いたいことが増えた。聞きたいことも増えた。
たくさんの言葉が私の中にある。創にもしまた会えたらと、諦めと希望が半分ずつの中に溜め込んできた。
――けれど、いざ顔を見てしまうとそんなものはどうでもよくなってしまうらしい。
創の話を看護師から聞いてしまったこともそれを後押しした。
使い馴染んだ病室。足を踏み入れると苦しかった思い出よりも懐かしさが込み上げた。私が使っていたけれど、それよりも二人でいた時間の記憶の方が強い。
ベッドの上で目を瞑る創は、最後に会った時より痩せて見えた。点滴に繋がれた私よりも大きな手。少し伸びた髪。
熱っぽくだるそうなのは、また熱を出していると看護師が教えてくれた。
一年の経過で、創の見た目の変化はきっと微々たるものだ。「変わったね」と声をかけるには些細なこと。
掛けられた布団の下、創の身体の変化に比べてしまえば。
気配を感じたのか、創はゆっくりまぶたを開いた。だんだんと大きく、そしてまんまるに見開いて私を見つけた。
「…………彩?」
創は呆然としていた。
熱のせいもあるだろうし、いきなりやって来たのだから当たり前だ。創にとっても会えるとは思っていなかったかもしれない。
会うつもりもなかったかもしれない。
勢いでやってきたものの、私は返す言葉がなくその場に固まってしまった。
見つめてくる瞳に目線を返すのが精一杯だった。
すると、創の瞳から驚きが消えていく。
点滴の繋がった腕でその顔を隠し、諦め口調でつぶやいた。
「いや、彩が来るわけないか……」
夢かな、なんておかしなことまで言って。
私がどんな気持ちで来たかも知らず、そんなことを言われては少しムッとする。
ベッドに近づき、気まずさを感じながら私は創の顔に乗せられた手に触れた。
「……夢なわけないでしょ」
「…………そっか」
創は私の手を捕まえると、やわやわと確かめるように触り、そしてぎゅっと握った。
「彩だ……」
私を見上げた創は熱のせいで頰を染めていて、繋がった手からはだるくて仕方ないだろうほどの熱が伝わってきた。きっと、しゃべるのも億劫なくらい。
力無い創の声に、私はとうとう限界を迎えた。
「創のばか……っ」
「ごめん。……俺のこと、聞いた?」
「聞いたよ。退院じゃなくて転院したんでしょ。手術して……人工心臓を入れたって」
「急だったのは本当なんだ。結構限界で、補助の人工心臓を埋め込んだ。今も俺の身体に機械が巻きついてる」
「なんで……、」
黙ってたの、とは聞けなかった。
あの時の私たちはその条件の下で恋人をしていたから。
肝心な部分には踏み込めず、ただ歯痒く黙り込む。閉じた唇の上を涙が滑っていった。
「……俺、こんなんだからさ」
黙った私を見て、創は握った私の手を自身のまぶたの上に持っていった。
触れる部分がすべて熱く、私のひんやりとした手に創は心地よさそうに目を閉じた。
「たぶん、彩がいなかったらとっくに死んでたと思う。彩がいるから今も生きていられる」
「どういうこと……?」
「……俺にとって、彩の支えになれることが一番の活力だった」
そっと手を持ち上げられる。
わずかな隙間から創の瞳が覗いた。私の視線と絡み合うと、違う意味の熱っぽさを含んだ。
「彩が泣くたびに、俺は強くなれたんだ」
ふ、と照れ隠しの微笑みを見せられて。
「別れなきゃと思えば思うほど、彩が大事になっていった。未来があるかもわからない俺に縛りつけちゃだめだってわかってるのに」
だから条件をつけたのに、と。
「でも、いざ終わりにすると……それは俺がだめすぎて。今も熱なんか出してて」
「その熱、私のせい……?」
「……彩がいないとだめなんだ。そばにいてくれないと」
ただでさえ熱いのに、創に触れた部分がさらに熱を持つ。私の心を溶かしていく。
まるで、春の陽を受けた残り雪が人知れず小さくなっていくように。
「勝手でごめん。彩、俺の人生に君を巻き込ませて」
芽吹いていた気持ちが光を得て、みるみるうちに花を咲かせて大きくなる。
鮮やかな彩りが私の世界に広がり、彼との未来を創り出す。
「俺の隣にいてくれる? ーー愛してるんだ」
窓の外で、桜色の花片が舞い上がった。
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