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暖かな日差しを受け、柔らかな風に吹かれて。
舞い上がる桜色の花片が、新たな始まりを祝福して流れていく。
ようやく馴染んだスーツに身を包み、後輩となる新入社員を迎えた二年目の春。
学んだ仕事から幅を広げ、たくさんの事に挑戦できると同期と胸を躍らせた独り立ち。
好きな仕事に就けた幸運に、やりがいのある毎日をただ平凡に送っていた私は。
「なんで、ここにいるのかな……」
隣市の大学病院、病棟。
それも個室で孤立した静けさの中で、私は居ても立っても居られず中庭に出ていた。
病室からは見下ろした桜の木を今度は見上げ、まだ緑の混じらぬ初さに眉根を寄せて。
――私があの花片に祝福されたのは、ほんの数日前だったのに。
後ろも見ずに後ずさりして、数歩の距離にあったベンチに腰を下ろした。
別に、どこも痛くない。煩わしい点滴のチューブもまだない。ただ少し、体調が悪いだけ。
それだけだった。
「なんで今なの……」
異変に気づいたのは去年の暮れ頃。
はじめての仕事納めに慣れない残業、疲労ばかりが溜まっていくのは今だけだと同期と励まし合い、身体の違和感は市販の薬で抑えていた。
疲れやストレスで人は簡単に体調を崩す。年末を乗り切れば休みがあるからと、その時は原因をそのせいにしていた。
おかげで市販の薬で抑えられていた。
けれど、いざ年末年始の休息を得たところで、私の体調は以前の通りになることはなかった。
かかりつけ医には「疲労からでは?」と休息を勧められ、処方されたのは風邪薬など。
何度も何度も通院し、症状は改善されることなくようやく紹介状と共にこの大学病院を紹介された。年度末だった。
周りは忙しなく働いている中で、私は早急な入院を言い渡された。
タイミングや仕事のキリを考え、入社式を終えて今、私はここにいる。
「なんで私なの……」
これから長期に渡る投薬治療が始まるとか、そのための副作用とか。医師から言われたことやネットで調べたことがぐるぐると頭を巡る。治るけど根気がいる、は正直励ましにならない言葉だった。
仕事を休んでいる分の同期達との仕事の差とか、追いついてくる新入社員とか。それを巻き返せるか不安で、そもそも戻る場所はあるのかなと絶望感に襲われて。
爽やかな春の風にそよぎ落ちる桜の花片を見上げたまま、両腕で顔を覆った。
ただもう、悔しくてしかたなかった。
「…………っ」
溢れる涙は袖に吸い込まれ、それでも気づけば頬を伝っていく。
さわさわと穏やかに桜の木々が揺れる音に、私の
堪えきれない嗚咽がまじって耳に届く。それしか聞こえない。
隣に人が座ったことなど、気づくはずがなかった。
「――――どうぞ」
突然かけられた声に驚き、腕をどかせば見知らぬ男性がいた。
院内でよく見かけた簡素な病衣姿で、腕には入院患者用の識別バンドをつけて。男性の横にある点滴スタンドからは薬液の通るチューブが、彼の腕に伸びていて。
赤らんだ目元で彼は私を見て、その手に持つ箱ティッシュを差し出していた。
「よければ使って」
「……いえ、」
結構です。
断る前に私と彼の間に箱ティッシュが置かれた。
風に彼の黒髪が流される。
赤らんだ目元で彼はうっすら笑むと「気にしないで」と私に背を向けて座り直した。
ずっ、と鼻をすする音が聞こえる。
――気にしないでと言われても。
見ず知らずの、しかも男性がいる前では気が散って思うようには泣けないのだけど。
「あの……」
「俺、花粉症なんだ。気にしないで」
背を向けたままで彼は言う。その声は少し、鼻声に聞こえた。
また鼻をすする。心なしか肩が揺れていた。
「…………」
置かれたティッシュに手を伸ばすと、ありがたく数枚もらって涙を吸わせる。
抑えた嗚咽。たまに深く息を吐き出す。
私のものじゃない。……彼のもの。
「気にしないで」って、あなたのことなのね。
それに気づくと少し呆れた。先に泣いている私を放って自分が泣き出すなんて。
冷静になると涙の苦しさはなくなり、余韻ばかりのものが静かに流れる。それをティッシュで拭った。
新たに耳に入る、見ず知らずの彼の涙の音を聞きながら、向けられた背を眺めた。
顔にかかる風が、私の涙の跡をすぅっと冷やした。
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