浜辺

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 サイリの腕が伸びてくる。指先や手の甲で、何度も確かめるように頬に触れるので、シウは次第にくすぐったくなってきた。海鳥たちが一斉に飛び立ち、彼等の上空を飛行してゆく。 「……雪みたいだ。なのに、溶けない」 「当たり前だよ、どうせならアイスがいい」 「アイスか、それも悪くないな。しかし、似てないな」 「誰に」  質問には答えず、サイリはシウの股に顔を埋める。いい処を喰んでくるため、直ではないのに忽ち躰が逆上せてしまった。この分だと、また服を濡らしてしまいそうだ。セトはクリーニングを的確に済ませ、朝には部屋に届けてくれた。働き者の彼も、今頃はあの作業服姿の青年と休息していることだろう。 「……あ、雨」  サイリは起き上がり、胡座をかいた。シウは掌を掲げるが、雨粒が落ちる感触はしない。気のせいではないかと思ったが、サイリは空を睨んだままだ。 「今夜は荒れるかもな」 「判るのか? こんなに良い天気なのに」 「痕が痛むんだ、兄も同じさ。ちょっとした特技」 「便利だね」  岩棚を飛び降りたサイリに続き、シウも来た道に手をついて砂浜に降り立った。海風が吹きつけ、衣服に滲んだ汗を乾かしてくれる。空洞の中には誰もおらず、その先の浜辺では波が穏やかに打ち寄せては引き返していた。  その空洞の奥から、レイが砂を踏んでくるのが見えた。いつの間に此処まで来たのだろう。彼が海を訪れるとは珍しい。息抜きでもしたかったのだろうか。 「少年たち、この辺りで亀を見かけませんでしたか?」  空洞をくぐって現れたレイに不意に話しかけられ、シウは考えた後で頭を振った。サイリも腕を組んで不可解な顔をする。 「いいえ、何も」 「海鳥はいても、亀なんていないと思うぜ。少なくとも俺たちは知らないよ」 「弱りましたね……。三号室のお客様に、身動きのできない亀がいるから助けてやれと頼まれたのですが」  レイは周囲をキョロキョロと見回しながら再び空洞へ行き、また戻ってきた。手にはなぜかロープを握っている。シウはあることを思い出した。パンツのポケットを探り、折り畳んだ紙きれを取りだす。広げた途端、サイリは眉を顰めた。 「随分、趣味が悪いじゃないか。何処で拾ったんだよ、こんなもの」 「降ってきたんだ。たぶん亀というのは、この絵のことだ」 「なるほど。ワタシが来る前に、他の誰かが助けたのですね。お客様には、そう伝えておきましょう」  理解の早いレイは、ロープを証拠にして持ち帰っていった。サイリはシウの手から紙切れを抜き取り、遠くへ投げ捨てた。波に呑まれ、亀は本当に海へ還ったのだ。 「アイス、食べに行こうぜ。雪の結晶みたいなやつ」 「そうだね。露店に何か売ってるかもしれない」  二人は追いかけっこをして、浜辺を駆けてゆく。
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