敵意

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 物憂い足取りで歩いてきたリースは、高い場所にいるシウたちには気付かずに裏玄関に消えた。クラシックカーは背を向けて遠退いてゆく。その姿は、忽ち街の風景に溶け込んで見えなくなった。朝、急発進をさせてビーチに下っていった男と違い、滑らかな運転だ。運転手は、きっと四号室の女だろう。 「ペンションに入る前に、割れた窓硝子が気になって外からリビングに回ったんだ。そしたら二人してシートを倒してた。女性客の相手って、そういう意味なんだろう?」 「……判ってるなら、わざわざ僕に訊くことないじゃないか」 「あの小娘と目配せしてたの、知らないわけじないんだぜ。……俺たちが黒服だからってさ。石を投げてきたやつも、きっとそんなイカれたやつさ。まるで死神を避けるみたいに」  サイリは敵意を含んだ口調で、シウの腕を振りほどいた。確かにリースは黒服を嫌ってはいるが、現地人ではないシウには意味のないことだ。むしろ、白すぎる肌や髪のせいで、普通ではないと周囲からの嫌がらせを受けてきたのはシウなのだ。  サイリの手が、腰回りに伸びてくる。吐息が耳にかかったのも束の間、舌先で縁をなぞられた。此処は公道だ。シウが身を捩ってサイリから逃れると、皮肉めいた表情をして見据えてきた。 「敵意がないなら、……拒むなよ」 「……まだ、昼じゃないか。遊ぶなら、深夜に限る」  サイリは刹那考えるような素振りをし、またシウの腕に絡みついた。海鳥か何かの鳥類の影が、何羽も足許を掠めていった。 「なあシウ、ビーチへ行こう。兄は当分帰ってこないし、退屈なんだ」 「……遊びに行くのか?」 「遊ぶのは深夜なんだろう? ただの散歩だよ」  了承する前に、サイリはシウを連れて踵を返す。なかなか強引な少年だ。しかしながら、嫌な気持ちにはならない。今日も海辺には、たくさんのビーチパラソルが咲いている。バカンスに訪れる人々は皆、何処までも碧い海に魅了されて泳ぎに来るのだ。  シウは横目でサイリを盗み見た。そよ風になびく黒髪や、程よく日に焼けた素肌、真っ直ぐに歩調を進める脚は、シウを著しく惑わせる。目の前の海は、もう視界に入らない。
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