月下

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 サイリに追いついたシウは、月明かりの届かない場所へ歩いてゆく背中に言葉を投げかけた。彼が何処へ行こうとしているのかは定かでないが、どうせなら海がいい。 「サイリ、行く先は海がいい」 「懲りないやつだな。昼間、散歩したじゃないか。それにビーチへ行ったって、余計に肌がベタベタするだけだぜ」 「いいんだ、海へ行こう。夜風を浴びたい気分なんだ」  ペンションの横側を抜けて正面に回った二人は、ビーチへ延びる道路へ出て坂を下っていった。路上にひとけはなく、街路灯の仄白い灯りが夜道をひっそりと照らす。日中の賑やかさとは大違いだ。  車道を渡り、歩道をさらに横切って浜辺に足を踏み入れると、サイリは急に駆けだして海に飛び込んだ。あんなにビーチへ行くことを渋っていたのにと、シウも彼の跡を追う。  夜の海は温度が冷たい。それにも拘わらず、少年たちは水飛沫を高く舞い上がらせ、夢中になって戯れた。シウが浅瀬に立ち上がると、サイリがふざけて海へ投げ飛ばしてくる。何度か繰り返すうちに、砂浜はだいぶ遠くなっていた。 「シウ、こっちだ」  サイリは海中を自在に泳ぎ、遅れているシウを呼んだ。だが、シウはあまり泳ぎが得意ではないため、なかなか前進せずに気ばかりが焦る。ついに足の全くつかない場所で海水を呑んでしまい、途端に息が苦しくなった。もがこうとするほど衣服が邪魔をし、躰が底に沈んでゆく。  見兼ねたサイリが戻ってきて、溺れているシウを掬った。浜辺に上がり、ぐったりしているシウを横たわらせる。 「……しっかりしろよ、しょうがないな」  サイリに息を吹き込まれ、シウは肺から海水を吐き出した。喉が焼けそうだ。意識がまだ朦朧とするシウに、サイリは水遊びですっかり冷たくなった唇を三度重ねてくる。もう自力で呼吸ができるというのに。 「……死んでないから、大丈夫だ」 「死んでたら、そもそもキスなんかしない」 「……なんで」 「怖いから」  サイリは悪戯に微笑んで、シウのボトムスに手をかける。肌に張りついた布を少しずつずらしてゆき、漸く現れた部位を口に含んだ。シウは堪らず呻く。唇は氷菓のようでも、口内は日晒しのアスファルトそのものだった。  シウが漏らしたものを平らげたサイリは、尚も舌を這わせてくる。次の満潮を迎える前に、シウは上半身を起こした。というより、躰を起こせる状態になっていた。寝たままだと、一向に終わりそうにないからだ。 「……これ以上無理だ。陸にいるのにサイリ、君が溺れてしまう」 「人の心配なんかするなよ。上と下から出すだけ出して、回復したみたいだな」
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