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「ありがとう……ございます」  シウがおずおずと頭を下げると、ノアは笑みを浮かべて去っていった。一人きりになったシウを眠気が襲う。あんなに遊んだのは、今までに経験がない。父親は今日もビーチへ赴くだろう。そうしたら、気兼ねなくベッドで休息すればいい。  玄関ポーチに人影がちらつく。初めはジンだと思ったが、中央の磨硝子に映る体格は明らかに別人のものだ。その不審な影は、建物の内側を窺っているような仕草をする。もしかして、昨朝リビングの窓を壊した犯人だろうか。  シウは咄嗟に玄関扉を開けた。怪しい人物は見当たらず、ドアベルが軽快な音を立てた以外に足音も聞こえない。ふとシウの目に、ジンが西側からやって来るのが見えた。異様に興奮した足取りだが、父親は不審者を見たのだろうか。 「まったく、今朝は爽快に起きれたというのに、最悪な気分だ」 「……何があったのさ」 「煙草を吸いにたまたま裏のほうに足を向けたら、階段が海鳥の糞だらけじゃないか。けしからんな。あの双子に掃除をするよう、文句を言ってやる」 「夜はぐっすり眠れたんだね」 「ああ、腹いせに今日も牛乳をサービスさせてやらねばな」  ジンは憤りながら、ペンションの中へ入ってゆく。どうやら誰とも擦れ違わなかったようだ。今度は南東の駐車場からスーツ男がズカズカと迫ってくる。彼も些か不機嫌な様子で、シウを認めると話しかけてきた。 「悪いんだけど君、これを処分してくれないかな」 「だから僕は従業員じゃないって……」  男はスラックスのポケットから金色のイヤリングを取り出し、シウの腕を無理矢理捻って掌に握らせた。その見覚えのあるイヤリングは、間違いなくリースがしていたものだった。 「車の点検をしていたら、助手席のシートに挟まっててね。どうしてこんなものが落ちているのか謎だが、ハニーに見つかったらボクが浮気していると疑われるだろう?」  正確には、浮気はパートナーがしている。昨日の午後、周囲の目が届かない物干し台の陰で、四号室の女とリースは密会していたのだ。事実を知らない男の頭上に、突如紙屑が降ってきた。真上は三号室だ。 「おや、いたのかい。済まなかったね」  男は顰め面をしてゴミを払い除ける。シウが何気なく地面に落ちた紙屑を広げると、亀甲縛りをされた男性の裸体が鉛筆で描かれていた。かなり緻密なタッチだ。何となく、目の前の男に似ている。弱みを握られたのだろうか。  男は言い返そうと差し出した右手を震わせていたが、結局一言も口にできずに奥歯を噛み締めた。
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