浜辺

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浜辺

 客室をノックする音が聞こえたので、シウはベッドに臥せていた上体を起こした。かなり深く眠っていたらしく、腕時計に視線を落とすと十三時を回っていた。正午は疾うに過ぎている。  シウが部屋のドアを開ける前に、サイリが勝手に入ってきた。鍵をかけ忘れたのだ。彼と視線が交わるなり、シウはベッドに押し倒された。再びシーツに沈んだ躰に、サイリが覆い被さってくる。舌が捩じ込まれたので、シウは成るに任せた。 「……暑いよ」 「溺れたついでに目を覚まさなければ、ずっと涼しくいられたさ」 「酷なことを言うんだな」  シウはサイリの胸許に手を滑らせ、ネックレスを引きだした。ビーチ沿いの歩道で見かけたときから気になっていたものだ。黒曜石には螺旋状に、とある土地の言葉が刻まれている。 「これって、どういう意味?」 「……名前」 「随分長いんだね」 「短いほうだ。兄はもっと長い。でも生活するには不便だから、普段は略称を使う。だから、こうして刻んで忘れないようにしてるんだ」  サイリはベッドに起き上がり、大きく背伸びをした。恐らく、昼食はまだだろう。今日はビーチ沿いの露店で、何か食べるのもいいかもしれない。シウが提案すると、サイリは逸早く部屋を出ていった。シウも後へ続く。  一階へ下りると、フロントに作業服姿の青年が立っていた。毛先にかけてうねった亜麻色の髪に、上衣と下衣が繋がった生成色の長袖を着ている。つまり、観光客ではなく現地人なのだ。男はセトと向かい合って話をしているようだった。 「――で、割れた窓硝子は何処ですか?」 「すぐそこのリビングですよ。今お見せしますので」  どうやら、昨日割られた窓硝子の修理を、セトが依頼したらしかった。雰囲気から察するに、面識のある相手であるとわかる。 「しかし、貴方も懲りないですね。これで何回目ですか」 「窓に野鳥がぶつかってきたり、粗忽なお客様もいらっしゃいますから、割れるときは割れるんですよ」 「そうではなくて、自分が来たとき宿泊客の男性とキスをしていたじゃないですか。しかも、いくらこの土地を知らぬとはいえ、黒服に手を出すなんて趣味が悪いと言ってるんだ」 「サガラ、君だって性懲りもなくレイとまぐわってただろう。今朝ペンションの周りをよく掃除したばかりなんだ。仲良くするのは構わないが気を付けてくれ」  二人の言い合いを遠巻きに眺めていたシウは、サイリに肘で催促されて外に出た。ペンション裏の階段は、すっかり綺麗になっている。サイリは呆れた表情で腕を組み、階段の中程で立ち止まった。 「いつまで話を聞いてるんだ、日が暮れちまう」 「ああ、ごめん」 「露店だったら、美味しい処知ってるんだ。ついて来いよ」
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