浜辺

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  眼下の海は夜の黒々とした暗い色とは違い、日中は細波が微粒の光を放っていて眩しい。朝方までサイリと二人きりで遊んでいたのが嘘のように、今はバカンスを楽しむ人々で浜が埋めつくされている。  ビーチ沿いの歩道まで来ると、空腹を刺激する匂いが一気に充満する。昼時のピークを過ぎたとはいえ、観光客は各々露店を巡り、ひっきりなしに路上を行き交った。両側からは、人を呼び込む声が頻繁に発せられている。サイリは勧誘を器用に避けながら、目的の舗へ歩いてゆく。  人混みに揉まれ、気付けばサイリと大分離れていた。後ろ姿をすっかり見失い、シウはその場で立ち往生した。そこへサイリが戻ってくる。いつの間に買ったのか、両手には一口サイズに切ったソーセージにケチャップをかけた食べ物を載せていた。 「なあ、景色のいい場所に行こうぜ」  シウに紙皿をひとつ寄越したサイリは、隣り合う露店の合間を擦り抜けて傾斜を下った。ビーチに出た彼は、ひとけのない岩場のほうへ向かう。途中でペンションの宿泊客である老女が側を偶然通り過ぎた。スケッチブックを抱え、ご機嫌な様子だ。 「シウ、此処ら辺にしよう」  岬に近い岩礁では、海鳥が仲間同士で鳴き合っている姿が見えた。サイリは、その海鳥たちを真正面から眺められる位置を指差す。波によって砂の色が変わる、ぎりぎりのラインだ。しかしながら、シウの耳には鳥類とはやや異なる声も聞こえていた。  岬の下部には成人した大人が余裕でくぐれるほどの空洞があり、シウは其処を凝視した。妙な声がその付近から届くからだ。空洞には誰かが寝そべっており、さらに傍らにもう一人いる。寝そべっている人物が恐らく裸だとわかったときには、サイリも何かを察したようで、シウと顔を見合わせた。 「浜辺にいるより、岩棚のほうが景色がいいはずさ」 「偶然だな。俺もそう思ってたんだ」  背丈より高い場所にある平らな岩へ、二人は漸く腰を下ろした。岩棚は広く、複数が座っても狭いとは感じない。サイリは食べ終えた後、シウが食べきるまで組んだ脚を空中にぶらぶらとさせていたが、それも飽きたようで躰を横に倒した。シウの膝を枕にして、何度も寝返りを打つ。 「……シウは、この観光地は好きか?」 「急に妙なことを訊いてくるんだな」  上目遣いに見つめてくるサイリに、シウは「まあまあ」と手短に答える。直後に「随分雑だな」と不満がサイリの口から溢れた。 「サイリはどうなんだ」  少し考えてから彼は、「石を投げられなければ」とだけ返答した。それはそうだろうと、シウは腹を抱えて笑う。
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