6人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
サイリの腕が伸びてくる。指先や手の甲で、何度も確かめるように頬に触れるので、シウは次第にくすぐったくなってきた。海鳥たちが一斉に飛び立ち、彼等の上空を飛行してゆく。
「……雪みたいだ。なのに、溶けない」
「当たり前だよ、どうせならアイスがいい」
「アイスか、それも悪くないな。しかし、似てないな」
「誰に」
質問には答えず、サイリはシウの股に顔を埋める。いい処を喰んでくるため、直ではないのに忽ち躰が逆上せてしまった。この分だと、また服を濡らしてしまいそうだ。セトはクリーニングを的確に済ませ、朝には部屋に届けてくれた。働き者の彼も、今頃はあの作業服姿の青年と休息していることだろう。
「……あ、雨」
サイリは起き上がり、胡座をかいた。シウは掌を掲げるが、雨粒が落ちる感触はしない。気のせいではないかと思ったが、サイリは空を睨んだままだ。
「今夜は荒れるかもな」
「判るのか? こんなに良い天気なのに」
「痕が痛むんだ、兄も同じさ。ちょっとした特技」
「便利だね」
岩棚を飛び降りたサイリに続き、シウも来た道に手をついて砂浜に降り立った。海風が吹きつけ、衣服に滲んだ汗を乾かしてくれる。空洞の中には誰もおらず、その先の浜辺では波が穏やかに打ち寄せては引き返していた。
その空洞の奥から、レイが砂を踏んでくるのが見えた。いつの間に此処まで来たのだろう。彼が海を訪れるとは珍しい。息抜きでもしたかったのだろうか。
「少年たち、この辺りで亀を見かけませんでしたか?」
空洞をくぐって現れたレイに不意に話しかけられ、シウは考えた後で頭を振った。サイリも腕を組んで不可解な顔をする。
「いいえ、何も」
「海鳥はいても、亀なんていないと思うぜ。少なくとも俺たちは知らないよ」
「弱りましたね……。三号室のお客様に、身動きのできない亀がいるから助けてやれと頼まれたのですが」
レイは周囲をキョロキョロと見回しながら再び空洞へ行き、また戻ってきた。手にはなぜかロープを握っている。シウはあることを思い出した。パンツのポケットを探り、折り畳んだ紙きれを取りだす。広げた途端、サイリは眉を顰めた。
「随分、趣味が悪いじゃないか。何処で拾ったんだよ、こんなもの」
「降ってきたんだ。たぶん亀というのは、この絵のことだ」
「なるほど。ワタシが来る前に、他の誰かが助けたのですね。お客様には、そう伝えておきましょう」
理解の早いレイは、ロープを証拠にして持ち帰っていった。サイリはシウの手から紙切れを抜き取り、遠くへ投げ捨てた。波に呑まれ、亀は本当に海へ還ったのだ。
「アイス、食べに行こうぜ。雪の結晶みたいなやつ」
「そうだね。露店に何か売ってるかもしれない」
二人は追いかけっこをして、浜辺を駆けてゆく。
最初のコメントを投稿しよう!