散歩

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 父親の行動を確かめようと軽く話を振ってみただけだったが、思いの外、簡単にボロが出そうだった。 「新しい店なら僕も連れてってよ。此処は海が近いから、やっぱり海鮮料理かな。でも、肉料理も美味しいだろうね」  シウは父親の真似を止め、わざとらしく口周りを手で擦ってみせた。ようやく意図に気付いたジンは、咄嗟に口許を指先で拭い去る。証拠が残っていたとは思わなかったのだろう。灰皿に煙草の先端を押しつけた彼は、急用を思い出すような素振りをして部屋から逃げていった。  テーブルに置かれたライターを握り、徐に煙草の火を点ける。最後の一本。カーテンを手でよけて外を見遣ると、白い屋根の連なりに海の碧が映えている。窓から見える景色の半分が海だ。五室しかない二階建ての小さなペンションだが、此処からビーチへ行くにはアクセスが良い。  この観光地は神経質なまでに、ありとあらゆる建物が白い。夏だというのに、雪で全てが覆われたふうな錯覚を覚えるほどだ。加えて、住人は土着的な生成りの服を普段着にする。最近は観光客の影響もあって、若者や物好きは一概にそうではないが、黒服の着用を避けるのは暗黙の了解となっていた。理由は様々聞くが、定かなものは一つもない。  シウは歩道で見かけた例の二人が気になっていた。彼らは黒服のまま、街を観光に歩いているのだろうか。本当はあの少年に気が取られて、シウは空腹を忘れていた。お腹が減っていないとは、そういう意味だ。 「こんな火遊びじゃ物足りない」  シウは独り言を呟き、ほとんど吸っていない煙草の火を消した。 「――聞いてる? 特に用がないなら手伝ってって言ってるよ、夕飯の買い出し。結局、貴方も食べるんだから」  ロビーに降りてすぐ、シウはフロント越しに呼び止められた。部屋にいるのも飽きて出かけようとした時だった。  駆けてきた少女は唇を行儀良く結んではいるが、本心では譲歩しようなどという気持ちは一切ないことが目許で知れる。初めは適当にはぐらかしていたシウだったが、気の強さがそのまま表れた眼差しに負け、とうとう首を縦に振った。同時に、少女の顔がにこやかになる。  リースはこの街の住人であるが、観光客と見間違えるほど派手な格好をした娘だ。ボタニカル柄のワンピースに、ウェーブの入った長髪を束ねるお揃いのバンダナ。大振りのフープイヤリングを身につけた様は、ペンションの関係者だと宿泊客へ気付かせるのにしばしば時間を要する。  ダイニングにいる兄のレイに一声かけたリースは、気乗りしないシウの背中を押して裏玄関へ向かわせた。彼女は出入口に設けた納戸から買い物用の籐かごを持ち出す。それを当たり前のようにシウへ手渡し、把手を回して先に外へ出た。 「周りには君が宿泊客で、僕が従業員だと思われるだろうね」 「従業員なら、客室で煙草を吸うのは違反よ。生意気言わないで」
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