散歩

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 バスが去った後の路上を人影が過る。それは途中でじっとして動かず、シウと向かい合ったまま視線を交えている。横手から飛び出してきたタクシーが目の前を遮ると、人影は既におらず、間延びした風景が広がっているだけだ。シウは怪訝に思いつつ、小柄な背中を追った。  一時間ほどで宿へ戻ったシウを、先に買い出しから帰宅していたリースが呼び止めた。シウが何の気なしに表玄関へ向かおうとした時である。階段を少し下った場所で、買い物かごいっぱいの野菜と、別の腕に肉や魚のビニル袋を携えて立っていた。手を繋いでいたメイヤが彼女へ駆け寄り、ビニル袋を代わりに持とうとする。 「ありがとう、優しいのね」  遅れてやってきたシウも買い物かごを受け取り、連れ立って階段を下りようとした。だが、リースに肘を掴まれたために体の軸が傾き、弾みでトマトが零れ落ちて潰れてしまった。 「何をするんだ」 「悪かったわ。でも私、奇妙な人たちに遭遇したから動揺しちゃって」 「それって、誰のこと」 「判らないから呼び止めてるんじゃない」  メイヤが裏玄関の扉を開ける。ペンションの中へ入ったのを見届けてから、シウは訊き直した。 「奇妙って、どんな」 「不気味な黒色の服を着た、二人組の男。まさに、この階段に座り込んでた。しかも、片方は額から血を流してるんだもの。びっくりして暫く睨み合ってわ」  黒服、見知らぬ男たち、流血。話を聞いて、シウは午前中、ビーチ沿いの歩道で見かけた例の二人が思い浮かんだ。もしかしたら彼等かもしれない。しかし流血とは何事だろうと、懸念が頭を過る。  無意識に、額を抑える少年の姿が目に浮かんだ。横顔の陰影に滲む血。その血は輪郭をなぞり、ひとつは襟へ、もうひとつはコンクリートの階段へ滴り落ちる。シウは足元を確かめたが、辺りには血痕など見当たらない。尻の潰れたトマトがそこにあるだけだ。 「……で、その人たちは何処へ」 「目を離した隙にいなくなっちゃた。貴方たちが帰ってきそうだったから、つい」  ペンションの裏手は付近の騒音を呑み込んで静かに陰り、これといって怪しい人物は見当たらない。彼等が建物の脇をすり抜け、正面から坂道に出たとすれば、行き違いになったのかもしれない。  厨房の窓が横にスライドし、なかなかペンションへ戻ろうとしないシウたちにメイヤが大きく手を振る。夕方に近づき、メイヤの両親もそろそろ宿へ戻る頃に違いない。リースはまだ興奮さめやらぬ様子で、落ちたままだったトマトを拾い上げた。折り曲げられた指の間から赤い汁が溢れて甲を伝う。彼女は器用に手首を捻り、甲をちろりと舐めた。だが逆さまにしたせいで、今度は掌から水分が滴る。ワンピースの染みになりそうだ。  あの少年は大丈夫だろうか。  階段を下りる傍ら、実は物陰から視線が投げかけられていることを、シウはリースに言わなかった。
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