女神

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女神

 困りきって頭をかきながら、独り言を呟いた。 「アリーナってこっちだと思ったんだけどなぁ」  夢であってほしいと思う。今すぐ目を覚まして、今度こそは遅刻せずに知崎(ちさき)高校の入学式に出るんだ。さぁ目を覚ませ俺、今すぐ! 「……ムリか」  頬を抓ってみたが、痛い。現実でしかなかった。  俺は遅刻していなかった場合のことを考える。ちゃんと時間通りに学校についていたら……。  正門からアリーナまでの列があったはずだ。その流れに乗っていれば、迷子になる心配もない。たぶん今頃、校長先生の長い話を聞いていたことだろう。  べつに入学式が楽しみで眠れなかった訳じゃない。  夜はぐっすり眠ったし、朝もアラームより先に起きた。余裕をもって早く家を出たまでは何も問題はなかった。なのになぜ遅刻をしたか。  結論から言えば、踏切が開かなかった。  どうやら線のどこかで事故が起きたらしい。道を変えようにも、どのみち線路は超えないといけない。試しに違う踏切に行ってみたが、案の定閉まっていた。  もちろん学校には事情を説明して、遅刻する旨は伝えている。  遅刻だからと言って、正門の前で案内人が立っているわけもなく。地図を持っているはずもなく。さながら迷路の学校に足を踏み入れたわけだが……。 「アリーナどこよぉ~」  俺はまず正門からまっすぐ進んだ校舎に入った。教室前のプレートには3年1組と書かれていたから、そこがクラス棟だ。学校見学には来た時に入ったから、覚えている。逆に言えば、学校見学で入ったクラス棟しか知らない。  渡り廊下を見つけたから、真っ直ぐ進んだ。  多目的室と書かれた教室があり、まぁまずアリーナではない。学校のパンフレットでも紹介されていた授業棟だ。  そのまま真っ直ぐ出た先が、今いる中庭だ。  辺りを見渡す。中庭と言うか、庭園と言うか。花が生き生きと咲き誇っている。左側に見えるのは噴水か? その奥のは池かな……。 「中庭かぁ。……目の前の棟も違う気がするなぁ」  校舎2つ分ほど離れた先の正面にある校舎を見上げる。絶対にアリーナでないことは分かる。  や、この校舎の奥にアリーナがあるかも。勢いよく立ち上がると、スクールバッグを持ち直して、中庭を突っ切って校舎に入った。 「……パソコン部。漫研。文芸部」  教室のプレートから見て、明らかに文化部棟だった。 「違ったかぁ……」  肩を落とし、落胆のため息を吐き出した。
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