オルゴール

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 五日のうち三日は瞬きの間に消え去ったのでは無いかと思えるスピードで過ぎていった。  結果は惨敗。  三日間ラッカムを巻き込んで、手掛かりとなりそうな依頼主の過去について徹底的に調べ上げたが、状況は芳しくない。  ヘイウッド氏はやはり地上時代にオルゴール職人として、とある小さな田舎町の工房で働いていたようである。実際彼が製作したオルゴール作品が、展覧会の出品リストに数年に渡って載っているのを数件ほど確認できた。しかしそのいずれの作品も「一眼見てわかる」特殊性などはないように思われた。他にも一度だけオークションに出されたという彼の作品も確認したが、やはり特殊性を見出すことはできなかった。  「一眼見てわかる」オルゴールとはどういったものなのか?全く手掛かりが掴めずいる。  ヘイウッド氏の勤めていた工房は小さく、彼自身寡作であったようで、ある年を境にオルゴール製作をやめ、工房も去ってしまっている。その後空中都市に移ってからも、どこかの工房に勤めることも作品を製作することもなく、静かに暮らしていたようだ。  オルゴールの製作がぱったり途絶えた年に何か手掛かりがあるのは間違いないが、何しろ記録がない。何か大きな取引をした訳でも、病気や怪我で製作を続けることができなくなった訳でもない。  ちょうどその年に世間で起きた事といえば、月面移住基地の第一区画が完成したこと。空中都市への移住者輸送船の第一便が出たこと。もっとオルゴールに直接関するようなことであれば、オーウェン・オールドマンが開発し、数年後に歴史的な世界的大ヒットとなる自動人形の試作機第一号が完成したこと。アダム・リーヴズが発明した記録式オルゴールの大流行が発端となるオルゴール自体の人気復興ぐらいだろうか。 「わかりそうでわからないな。どうせ地上時代の話だ、記録がバラバラにしか残ってないのに逆によくここまでわかったもんだよ。」  掠れた声でラッカムが声を掛ける。 「秘書の代わりにオレをこき使いやがって、コレは大きな貸しだからな、ダレン・エインズリー。」  端末越しの声でも彼が疲れ果てていることがわかる。 「ああ、わかってるさ。この一件が片付いたら秘書を雇うことにするよ。だから誰か良い人を探しておいてくれ。」  資料で散らかったデスクに突っ伏しながら気怠げに答えると、いつもの耳障りな笑い声が耳をつんざいた。 「お前にしてはえらく素直じゃないか。ちゃんと寝てるのか?寝不足でろくに頭働いてないだろう?」 「ちゃんと寝ているさ、現に今も机に突っ伏して寝てるんだ。……ああ、もうこんな時間か。ちょっと出かけて来るよ、一件行かないといけない場所があってね。」  そうダレンが言うが早いか、向こうから一方的に電話を切られた。  気分屋のラッカムにしてはよく手伝ってくれているほうだ。今度飲みにでも誘ってやるかなどと考えながら身なりを整え、事務所を出発した。  目的地に着いたのは昼過ぎ。ちょうど約束の五分前だった。 「エインズリー様ですね、お待ちしておりました。」  上階層にある貴族の屋敷の一角、美しく整えられたフランス式庭園を抜けたところに建っている重厚な白い建物。かつて自動人形を発明したオーウェン・オールドマンが個人でコレクションしたさまざまなオルゴールを一般向けに公開しているオルゴールミュージアムだ。 「地上時代に作られたオルゴールが所蔵されていると伺いましたが、案内して頂いてもいいですか?」  グレイヘアの上品な初老の執事は一度頷くと、開け放たれた玄関扉の奥、玄関ホールの左右から曲線を描いて二階へと繋がる階段ではなく、階段の間を抜けて一階の奥へと続く通路を手で指し示した。  まだ昼間だと言うのに通路は薄暗い。  大理石の白い艶やかな床には厚みのある真紅の敷物が敷かれており、二人分の革靴の足音を吸い込んでいく。 「このミュージアムに所蔵されているオルゴールは自動人形を開発したオーウェン・オールドマン氏のコレクションだということですが、オルゴールとは別に自動人形も展示されていますよね?」 「おや、よくご存知でらっしゃる。流石は探偵様。当ミュージアムでは確かにオルゴールとは別に歴代の自動人形を数体ほど展示しております。」  薄暗い通路の突き当たり。木製のドアを開けると、大きなガラスケースが並んだ柔らかな昼の日差しが差し込む小さな展示室が広がっていた。 「手前のガラスケースにはオルゴール、奥に並ぶガラスケースには自動人形が展示されております。ゆっくりご覧になってください。」  ダレンは自分の身長ほどの高さのある大きなガラスケースを覗き込んだ。傷がつかないように一つ一つのオルゴールがクッションの上に乗せられ、解説のプレートを添えて等間隔で並べられている。  豪奢に宝石が散りばめられたもの。  逆に質素に、しかし高い技術を要するであろう全て木からつくられたもの。  親指の爪ほどの大きさしかないとても小さいもの。  それぞれ確かに特徴はあるが、ヘイウッド氏が言うような「一眼見てわかる」オルゴールとはいずれも言い難い。  展示室内を横に二列、縦に四列並ぶオルゴール用ガラスケースを全て見て回っても、特殊なオルゴールと呼べる代物はなかった。恐らくこのミュージアム全ての展示品を見ても結果は同じだろう。  頭を切り替えて、ヘイウッド氏自身をこのオルゴールミュージアムへと連れて来れないか方法を考えながら、ダレンは自動人形を展示するガラスケースの前で足を止めた。  透明なガラスの展示ケースの中で十代前半くらいの少女たちが立ったまま眠っている。もちろん生きた人間ではなく、機械の身体を持つ自動人形ではあるのだが、なかなかに奇妙な光景である。  いずれの人形も病院着のようにも見える何の特徴もない無地の真っ白なワンピースを着て、棺の中の遺体のように胸の少し下あたりで手を組んで、長いまつ毛の影を頬に落としている。  オルゴールの展示と同様に彼女たち一人一人の横に解説パネルが添えられていた。  初代・アリス。二代目・ルーシー。三代目・レイチェル。四代目・マリア。  彼女たちの機種名と簡単な説明が書かれているようだ。  ふとガラスケースから目を離すと、展示室奥の壁に掛けられていた額縁にダレンは気がついた。近寄ってみると、絵画ではなく写真が飾られているようだ。  白黒の色褪せた小さな一枚の写真。  どこかの工房らしい場所で複数人の男たちが集まって写っている。  最前列中央に写る派手で豪華な服を着込んでいる男は恐らくオーウェン・オールドマンに間違いないだろう。そして彼を取り囲むように並んでいる男たちは着ているものからして工房の職人たちだろうか。  写真右下には撮影した年月日と撮影地が走り書きされており、インクが褪せて読みにくいが辛うじて読み取ることができた。  それはオールドマン氏が自動人形の試作機第一号を完成させた年であり、ヘイウッド氏がぴたりとオルゴール製作をやめてしまった年だった。  しかし試作機が完成した年の写真を額縁に入れて展示ケース横の壁に掛けているにも関わらず、肝心の試作機自体が展示されていない。 「あの、自動人形の試作機は展示されていないんですか?」  展示室の入り口近くで姿勢良く待機していた案内係の初老の男に声を掛ける。 「ええ、こちらに展示されているのは初代から四代目までの自動人形のみになります。試作機一号は少々特殊でして、別の部屋での展示になっているんです。」  男はスーツのポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認し、またすぐにしまった。 「ちょうどコンサートも始まる時間ですし、ご案内致しましょうか?」  目尻の皺をさらに深くして問いかける男に、ダレンはお願いしますと案内を頼むと、彼は一度頷いた。来た時と同じように薄暗い通路を引き返し、玄関ホールまで戻ってくる。 「コンサートホールはこちらになります。」  正面玄関を入って右手側、重厚な木製の両開きのドアを開けると、天井の高い教会のようなつくりの広い空間が広がっていた。備え付けられた座席にはすでに大勢の人が座っており、ダレンと案内係の男はドアの近くの通路で立ち見をすることになる。 「先ほど言っていた試作機の一号は、あの舞台上にいる金髪の少女のことです。彼女はいくつか特殊でして、まず第一に名前を持たないのです。初代から四代目までは製作者であるオールドマン様によって名前がつけられているのですが、なぜか彼女にだけは名前が与えられず、便宜上わたくしどもは彼女のことをアンと呼んでおります。第二に彼女は他の自動人形とは異なり、繊細な動きができません。ですが彼女の歌声は非常に優れているため、当ミュージアムではスケジュールを組んで、このようにコンサートを開いております。」 「名前を与えられず、優れた歌声だけをもつ自動人形……ですか。」  ホール内に重たいブザーの音が鳴り響き、照明が落とされる。舞台上の少女を残して、薄ぼんやりとした暗闇に包まれた。  コツコツとヒールの音を鳴らしながら舞台中央、前方へと移動すると、彼女は深い青色のドレスの裾をわずかに持ち上げてお辞儀をした。  耳鳴りがするほどの静けさに包まれる。  すう、と息を吸う音が聞こえ、天上の音楽にも勝るような美しい歌声がコンサートホールの高い天井に反響した。  ピアノも何もない無伴奏の独唱であるにも関わらず、彼女の歌声は幾重にも折り重なり、合唱のような音の幅と深みが感じられる。ホールの天井の構造によるものなのか、声が天井から降り注いで聞こえてくる。  身体を内側から揺さぶるような力強いソプラノ。  なるほど、彼女が特別だというのも頷ける。たとえ自動人形の最新機種であろうと、人間にも勝るほどのこのような力強く透き通る歌声は出せないだろう。  一際高く、強く歌声が響き渡ると、体内に染み込むかのように静かに歌声はふつりと途絶えた。  一呼吸の間ののち、ホール内は割れんばかりの拍手喝采が鳴り響く。  紺碧のドレスで着飾った美しい人形は、息を乱すこともなく、冷たさを感じさせる無表情のままで舞台上に立っていた。 「どうでしたか?試作機一号アンの、彼女の歌声は?言葉にできないほど素晴らしかったでしょう?」  珍しく興奮した様子で案内係は、拍手の音に掻き消されないように顔を近づけて囁いた。 「ええ、思っていた以上でした。彼女は繊細な動作ができない代わりに、歌唱に特化した人形なんですね。」  ダレンがもう一度舞台に目をやると、挨拶を済ませた後なのか、そこに彼女の姿はなかった。  見物を終えた観客たちがちらほらと席を立ち、ホールを出て行くのを見ていると、上着の胸ポケットで端末が震えるのを感じた。 「ちょっと失礼。」  一言断りを入れ、電話に出ると焦った声が飛び込んできた。 「エインズリー、早く病院へ来い!ヘイウッド氏が、ヘイウッド氏が危ないんだ。」
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