水抜きとリベンジ

1/1
前へ
/19ページ
次へ

水抜きとリベンジ

「ヴヴ……」  さっき攻撃を受けたんであろうアクティトは、昼夜を警戒していた。  だからオレは、昼夜と反対の側面に回って、アクティトの後ろ足に手刀を入れる。 「ごめんな、痛くないらしいけど……!」  ためらいはあったけど、緊急事態だ。  手刀はアクティトの表面にずぶりと入って、抜ける。と、オレが手刀を入れた部分から、ずしゃあと大量の水が噴き出した。 (ゼリーを切ってるみたいな感じだ……)  それも、まだ固まり切ってないゼリー。この前、手のひらから逃げたアクティトとは、ずいぶんと感触がちがっていた。  よく見れば、アクティトの体はふらつき気味だ。 (急に体が大きくなったからか……)  原理は分からないけど、今のアクティトは保水力の限界に近い……のかもしれない。  だから体は柔らかくて、アクティト自身も苦しんでいる。 「大人しくしてくれりゃ、すぐ元に戻してやるんだけど……」 「ヴァァァァァッ!」 「……無理か」  アクティトにしてみれば、よく分からない生き物が二匹、自分を攻撃してるわけだし。  怖がらせてるんだな、と自覚しつつ、オレはもう片方の後ろ足からも水を抜こうと手を構える。けれどアクティトは、残っていたその足で地面を蹴り、ぐわり。大きく口を開けて、昼夜を呑み込もうとした。 「うわ、あぶないっ!」  昼夜はその攻撃を避けるけど、続けざまに前脚で叩かれて、ずざりと地面を滑った。  ただでさえずぶ濡れの地面は、アクティトから抜けた水で浅いプールのようになっている。ふんばりの効かない中で、オレも昼夜も思うようには動けない。 「くっそ、これでどうだっ!」  だからこそオレは、後ろ足を狙っているんだけど。  ばしゃりと水を跳ねさせながら、オレはもう片方の後ろ足に組み付き、手刀で水を抜く。これで二本。後ろ脚から水が抜けている間は、アクティトも激しい動きは出来ないハズだ。 「アクティトも四足歩行動物だ。動きの根本は後ろ足だろ!」 「ヴヴ……」  オレの予想通り、それでアクティトの動きは鈍った。  だけど、大切なことを忘れていた。アクティトは確かに四足歩行の生き物だけど、そもそも地球の生き物とは違うってこと。  ばしゅぅ、と鋭い音がして、オレの体を何かがつかんだ。  ぎりぎりと締め上げながらオレを持ち上げるそれは、アクティトの尻尾だ。 「尻尾までこんな自由なのかよ……!」  地球の、陸上生物の尻尾は、基本的にバランスを確保するためのものだ。  だからオレは、アクティトの尻尾もそうなんだと思い込んで、注意を緩めていた。 「クッソ……しかもなんか硬いし……!」 「アクティトの尻尾は水を圧縮してるんだ! そのままじゃダメだよっ」  言いながら、昼夜はアクティトの懐にスライディングで滑り込む。  そのまま、一気にアクティトの腹部を切ったのだろう。どしゃあと大量の水が流れ落ちて、身体の小さくなったアクティトは、よろめく体を整えるために、尻尾をぶんぶんと振り回す。 「のわわわっ」  ぶん回されるオレは、そのまますぽんっ! とアクティトの尻尾から抜けてしまった。  行く先は上空。姿勢を整える頃にはもう落下が始まっていて、真下にはアクティト。 「もう何が何だかっ……!」  思いながらも、オレは身体を縮こまらせる。  ぶつかる面積を減らして、衝撃を受けないようにしたんだけど……どぼんっ!  そのせいか、オレの体はアクティトの中にすっぽりと納まってしまった。 「ごぼっ……ぼばっ……!?」 「落ち着いて、陸人! 泳げば出られるから~っ!」 (泳げってお前……!)  生き物の中をか!? アクティトの中、洗濯機みたいに激しく渦巻いてるんだけど!? 「ひ、紐なら持ってきてる! 液体ネコ、捕まえるのにいるかと思って……」 「本当? それ借りてもいい、汐見さん」 「汐見さんって……やっぱりあなた、空井さんなんだ……」  水の向こうから、微かに会話する声が聴こえる。  それからややあって、オレのすぐ目の前に、石ころの結ばれた紐が沈んできた。 (沈んで? なのか?)  ダメだ、息が限界で頭が回ってない!  とにかく、藁にもすがる思いでその紐を掴むと、ぐいっ! オレの体が強く引っ張られて、アクティトの中から引きずり出される。 「ぶはぁっ! で、出れた……助かった、汐見っ……」 「それより後ろ後ろっ!」 「え。わわっ!」  引き抜かれたオレに、アクティトが飛び掛かってきた。  でも、そのサイズはさっきまでよりかなり小さい。ライオンと同じくらいだ。 「ぐっ……うわっ」  だからオレはアクティトの前脚を手でつかんで止めようとした、んだけど。  足を滑らせて、そのまま尻餅をついてしまった。 「ヴァニャァァァッ!!」 「あ、かなり声高くなってる……はは、もう大丈夫だって、多分」  最初に潰されそうになった時より、かなり楽だ。  押し倒された形のオレは、じりじりと押し込まれてはいるんだけど。  ここまで来て、そうなってるなら問題ない。だってアクティトの後ろには、すでにオレの友だちが立っていたんだから。 「もう少し、水切るよ」  すぱぁんっ! 昼夜はそう言って、アクティトの体を手刀で裂いた。  ひにゃ、と変な声を出して、更に小さくなったアクティトが、ぺしゃりとオレの胸の上に落ちてくる。 「最初はどうかと思ったけど……一周回って可愛く見えて来たな、コイツ」 「そうでしょ~。さ、今のうちに捕まえよう! 放っておくとまた大きく……」  なっちゃうから、と昼夜が言い切る前に。  アクティトはオレの顔を踏みつけて、逃げ出した。 「あぶっ……わ、ここで逃がすのはマジでヤバい!」  追いかけようと体を起こしかけて、オレは今の状況に、既視感を覚える。  オレと昼夜が捕まえそこねて、逃げた液体ネコが向かう先には…… 「……っ!」  汐見海璃が立っている。  捕まえてくれ、とはオレも昼夜も言わなかった。  でも汐見は、この時を待っていたとばかりに、手元からばさりと大きな何かを取り出す。 「――エコバッグだ!」 「撥水性です! これでっ……!」  がばり。広げられた大きなエコバッグを前に、アクティトは急いで方向を変えようとするが、間に合わない。ぼこんと大きな音がして、アクティトはエコバッグに詰め込まれた。 「やっ……」 「おお……」 「やぁぁぁりましたぁぁぁぁぁっ!! 液体ネコ、確保ですっ!!」  叫んだ汐見は、ずっしりと中身の詰まったエコバッグを高く掲げてから、濡れた地面にへなへなと倒れ込む。 「あああああ……今更、腰が……抜けました……」  そんな汐見に、オレと昼夜は顔を合わせて苦笑いする。  色々なことがあったが、とにもかくにも、こうして次なる宙獣・アクティトを捕獲することに成功したのだ。  ……問題は、その先の話になる。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加