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リクザメと石人間
「ごめんね、千葉くん。話はあとで」
空井昼夜らしき生き物はそう言うと、一瞬ぐっと姿勢を低くしてから、バネのように体を跳ね上げる。その衝撃でキバの生き物は投げ飛ばされ、どさりと草むらに倒れた。
とりあえず、命拾いしたんだと思う。混乱する頭を静めようと、オレは深呼吸。
「すー……はー……。えーと。これ夢か!?」
「夢、じゃないんだ。だから隠れてて。危ないし」
答える声は、やっぱり空井のものだった。
ただよく聞くと、いつもの空井の声と一緒に、さっき聞いた木琴の音みたいなものが響いている。なんでだろう、と不思議に思いながら、オレは改めて空井の姿を見た。
空井の外見は、例えるなら石像だ。目も肌も、生き物のモノというよりは宝石や石みたい。口なんて、ハロウィンのカボチャみたいな開き方だ。
「夢じゃないなら、お前なんなんだ!? 被り物、じゃないよな……!?」
「ごめん。今、説明している時間が無いんだ。彼を何とかしないと」
オレの質問に空井は申し訳なさそうに言うと、草むらへと目を向ける。
生い茂った雑草の中で、キバの生き物が立ち上がろうとしていた。
さっきオレを食おうとした生き物。少し距離が空いた事で、オレはようやくその全容を目にすることが出来る。
「サメに似てる……のは、頭だけか。なんだあれ? 下半身、恐竜みたいになってる」
キバの生き物の頭部は、歯と同じくホオジロザメによく似ていた。
でもそれだけ。表皮はゴツゴツしているし、下半身の形は、図鑑で見たティラノサウルスみたいだ。太い二足の足で立って、長い尻尾でバランスを取っている。
「なのにヒレはあるのか。……爪生えてるけど」
「地球にはああいうの、いない?」
「いない! サメと恐竜が混ざったみたいな感じだけど、おかしいぞアレ!」
まぁ、おかしさで言えば空井も負けてないんだけど。
というか空井、今なんて言った? ……地球にはって言ったか?
「もしかしてアレ、この星の生き物じゃないのか!?」
「そうだよ。だから、捕まえないと」
空井はサラッと認めると、ダンッと黒土を蹴って踏み出した。
サメの宇宙生物……名前が分からないから、ひとまずリクザメと呼ぶ……が、体勢を立て直す前にどうにかしたいのだろう。リクザメの目前まで迫った空井は、どこからか取り出した小さな箱を、ぐぐっとリクザメに押し付ける。
手の平に収まるような、小さくて透明な箱。それはリクザメの体に触れたと同時に、ぶわりと大きさを変える。まるでリクザメに覆いかぶさるみたいに、透明な箱はリクザメの体を取り込んでいく、けれど……
「グァオグァオガ!」
リクザメが、ビリリと震えるような雄叫びを上げ、暴れた。
そのせいか、箱は弾かれ、元のサイズに戻りながら地面に転がる。
反動でよろけた空井に、リクザメは体当たりで攻撃した。
ゴツッ! 岩同士がぶつかるような鈍い音がして、空井は更に体勢を崩す。
そしてその距離は、リクザメのキバの届く位置だ。
ぐわり。大きく口を開けたリクザメが、空井をかみ砕こうとアゴを振るう。
「空井っ!?」
「――、――!」
また、木琴みたいな音が響く。
今度は低くて、どことなく苦し気な音。
空井は食われなかった。ギリギリのところでリクザメの口に手が届き、上下の顎を腕で抑えている。……でも、状況はマズい。
空井は膝を地面についていて、リクザメは上から押し付けるようにアゴを向けている。
あの姿勢じゃ、空井は逃げられない。しかも空井とリクザメの力は、リクザメの方が上らしい。空井は堪えているけど、少しずつ、アゴを押し込まれていた。
「……っ、逃げて、千葉くんっ……!」
「逃げろって……お前は!?」
「ボクは、えーっと、どうにかなるから、大丈夫!」
「ウソがめっちゃ下手!」
それを聞いて「ならいいか」と思えるヤツはいない。
オレは戸惑いながら、考えた。このまま空井を置いて行けば、空井はリクザメに噛まれて、最悪食べられてしまうだろう。
(空井は……なんか、人間じゃなさそうだけど……)
空井がどういう存在なのか、今は分からない。
でも空井は、オレのクラスメイトだ。それにさっき、リクザメに食われようとしたオレを助けてくれたのだって、空井だ。
(……助けなきゃ)
助けるべきなんだ。
オレは心を決めて、考える。どうすればリクザメから空井を助けられるだろう?
力では絶対に勝てない。リクザメの体高は百二十センチほどあった。それだけの大きさの生き物に、人間の……まして小学五年生のオレの筋力じゃ、太刀打ちできるはずもない。
だったら人を呼ぶか? 警察とか消防とか。大人数人でかかればリクザメをどうにかすることも出来るかも。
(いや、ダメだ。時間がかかるし、なにより……その後がヤバそう)
リクザメはともかく、空井の姿をどう説明すれば良いんだって話だ。
空井の正体が分からないまま、大人にあの姿を見せちゃいけない気がする。
とすれば、オレ一人で何とかしないといけないんだけど……
「ちょっと、千葉くん! なんで考え込んでるの!? 逃げて良いんだって!」
「逃げねぇよ! いや一人なら逃げるけど、お前は置いてかない!」
「『宙獣』を捕まえるのはボクの仕事なんだ。千葉くんには関係ない。だから平気だって!」
「そら……? 平気じゃねぇだろどう見ても! ……って、ああ!」
聞きなれない言葉を流しながら、オレは空井の発言にピンと来る。
捕まえる。そうだ、空井はさっき、妙な箱をリクザメに押し付けていた。
結局弾かれてたけど、その箱は今……地面に転がっている。
「あの箱! よく分かんないけど、アレで捕まえるんだよな、リクザメ!」
「リクザメ? えっ、千葉くんトリカゴ使う気!?」
「使えないか? 無理?」
「無理……じゃないけど……ダメだって! 危ないって!」
「使えるなら問題ない! ……あるけど、ない!」
怖いか怖くないかで言えば、めちゃくちゃ怖かった。
なにせ相手はホオジロザメレベルのキバと強いアゴを持つ怪生物だ。
オレも一回食われかけたし。でもだからって、友だちを置いて行くのはイヤだった。
「……よし。やるぞ!」
言葉にして、自分を追い込んで、駆け出した。
まずは空井のそばに転がっている箱を拾って、すぐに距離を取る。
じろり、とリクザメが一瞬こっちを見て、オレの背筋は凍り付いた。
なに、あの目。人間みたいな白目があって、見られているって実感させられる。
でも白目が大きいってことは、向いてる先が分かるってことだ。
リクザメの目は一回オレを見たけど、その後は空井に視線を戻してる。
空井から警戒を外せないんだ。それに両目の角度からすれば、多分、真後ろは見えないハズ。オレはゆっくりと、静かにリクザメの背後へ歩いて行く。
「ああ、もう……無茶するんだから!」
オレの意図を察したのか、空井は大きな声で良いながら、ジタバタと足をばたつかせ、暴れた。リクザメがそれに気を取られている間に、たんっ! オレは勢いよく、リクザメの背中に飛び乗った。
「グァガオッ!?」
「よっしゃ! お前、腕とかないし背中にはなんも出来ないだろ!」
当てずっぽうではなく、観察してそうだろうと予測していた。
リクザメの上半身はほぼサメ。ヒレの動く範囲も狭そうだ。
恐竜じみた下半身は、巨体を支える為に使われてる。尻尾で叩かれたら痛そうだから、察知されたら危なかったけど……一度背中に乗ってしまえば、大丈夫。
「このまま、この箱を……箱を……押し付ければいいのか!?」
「そう! グッと力を込めて! そうしたらトリカゴは起動するから!」
箱の名前はトリカゴというらしい。言われた通り、オレはリクザメにへばりつきながら、箱を背中に押し付ける。ぐわりとまた箱は大きくなって、リクザメを包んだ。
「グァガッ!」
「この……落ち着いて! 暴れなくて大丈夫だから!」
体を震わせるリクザメに、空井は呼びかける。
言葉が通じてる様子は無かったけど、言いながら空井が抑えつけてくれているので、どうにかオレは振り落とされずに済んでいた。
それからすぐに、トリカゴはリクザメの全身を包んで……ぴかっ。
強い光を放つと、小さな箱へと戻っていった。リクザメの姿を消して。
「……って、うわわっ!?」
へばりついていたリクザメがいなくなった事で、オレはそのまま地面に落ちる。
がつん! 真下の空井に顔をぶつけて、「痛い!」と二人で声を揃えて叫んだ。
「ったた……空井も? 痛いか? んな岩みたいな体して?」
「痛いよ! 急だと痛い! ……多分、千葉くんほどじゃないけどさ」
体を起こすと、オレの下で空井は苦笑いする。
でも、声音がそれっぽいってだけで、実際はどうだかわからなない。石と宝石で出来た空井の顔は、表情が読めなかった。
「……ええっと。あ、リクザメ、どうなったんだ?」
「トリカゴのぞいてみて。中に入ってるよ」
「マジ? ……あ、ホントだ。小さくなって入ってる……」
言われた通りにトリカゴを見てみると、透明だった箱の中に、ジオラマみたいな空間が出来上がっていた。砂浜みたいな所で、小さくなったリクザメがきょろきょろしているのが見える。
「トリカゴは、捕まえた宙獣に合った環境を再現してくれるんだ。これでランズァクも落ち着いてくれると良いけど……」
「ランズァク?」
「えっと、リクザメ? の名前。故郷の星では多分、そう呼ばれてて……」
「……リクザメの方が良くない? 分かりやすくて。っていうか星、かぁ」
オレは立ち上がりながら、さっき空井と話した事を思い出す。
リクザメはこの星の生き物じゃない。
空井はそれを宙獣と呼んで、「捕まえるのが自分の仕事」とも口にしていた。
「なぁ、空井。聞かせてくれよ。お前、一体なんなんだ?」
「そうだったね。……うん。もう見当ついてると思うんだけど……」
空井は、どことなく寂しげな様子で一度、言葉を切る。
それから一呼吸置いて、意を決したように言い放った。
「ボクは宇宙人なんだ。宙獣を捕まえる為に、地球人に擬態して潜んでる」
やっぱりそうだ。空井は宇宙人。リクザメみたいな生き物も、空井と関係がある。
けれど空井の言葉は、そこで終わらなかった。オレが返事をする前に、空井は申し訳なさそうな声で、もう一言追加する。
「あのね、千葉くん。……バレたからには、千葉くんの記憶、消さないとダメなんだ」
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