記憶と宙獣

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記憶と宙獣

「記憶を消すって……」 「全部じゃないよ? 今日あったことだけ」  空井の正体や、リクザメを見た記憶だけを消去する。  手間は取らないし、悪影響もない……と、元の姿に戻った空井は続けた。  元の姿っていうか、人間に化けた、か。見慣れた柔らかい肌の空井は、オレに心配をかけまいと笑顔を作って優しく話す。  ちょっとうさんくさい。ただ、言ってることは分かった。 「まー、空井も正体バレてると困るもんな……」 「……うん。それもある。ボク、人間のフリをしてるもんね」  頭をかきながら答えると、空井は目を伏せながら口にする。  それもってことは、本当は別の理由があるのか?  不思議に思いつつ、オレは一呼吸置いて、空井に返答した。 「断る!」 「えええっ!?」  案の定、空井は驚いて目を見開く。  いやでも、断るだろ。記憶を消しますと言われて、はいそうですかとは言えない。 「えっ、その、大丈夫だよホントに? ちょ~っとさっきのこと忘れてもらうだけで」 「それがイヤなんだって。なんで忘れなきゃなんないわけ?」 「ダメに決まってるじゃん! 地球人に正体バレちゃいけないの!」 「まぁなぁ。でもオレ、他の誰かに話したりしないけど」 「千葉くんがそのつもりでも、態度に出ちゃうとかあるじゃん!」  必死な空井の言葉に、それはそうだとオレはうなづく。  オレは言う気が無いけれど、知っている以上、情報をもらす可能性はある。  それを空井が気にするのも、分かる。信用してほしい所だけど、けっこう重要な問題なんだろうし。それでも、だ。 「イヤなもんはイヤ。今日のこと、オレは絶対忘れたくない!」 「なんでさ! 危ない目にあったじゃん。食べられそうにもなったよね!?」 「でも面白かった! 見たことない生き物を見て、カッコいい宇宙人にも会えてさ!」 「おもしろっ……え、うん、ごめん何言ってるの!?」  空井は本気で戸惑ってるみたいだった。  分からないもんなんだろうか、この気持ち。空井が宇宙人だから? いや違う。 「知らない生き物のこと知るのって、楽しいじゃん。空井も一緒だろ?」  空井昼夜は、オレに生き物の事を聞いてくる。  牛がどういう生き物か。ニワトリにはどんな特徴があるか。  教えてやった時の空井の楽し気な顔を、オレはよく覚えてる。 「オレさ。動物とか昆虫とか、好きなんだよな。だから宇宙生物とか見てスゴいって思ったし、空井みたいな宇宙人がいるのとか、めっちゃワクワクすんだよ」  だから忘れたくない、とオレは空井に話した。  怖かったのは確かだ。少し間違えば死んでいたかも。  でもそれと同時に、オレはめちゃくちゃ、楽しかったから。 「頼むよ、空井。このままにしてくれ。誰にも言わないし」 「……でも……」 「あーそれと。給食の白衣! 忘れさせるならこれ、お前に渡さないぞ!」 「えっ。あ、持ち帰って洗浄するんだったよね。そっか、急いで出て来たから……」  置いといた白衣袋を見せると、空井はしまったという顔をした。 「知らないぞー。オレが洗濯したっていえば、先生怒るぞー」 「ず、ズルいよ千葉くん! っていうかそれ……持ってきてくれたの?」 「ん? ああ、元はな。追い付けそうだと思ったから走ってきたんだけど」  結果として全然追い付けず、こんな目に遭ったわけだ。  そうやって考えると、これは半ば、空井のせいだと言ってもいいかもしれない。 「どうだ、空井! 白衣袋とオレの記憶、どっちを優先する!?」 「それは流石に釣り合わないでしょ。……けど、分かったよ」  空井は呆れたように言うと、ふっと微笑んだ。  ってことは、記憶はそのままでOK? 安心しかけたオレに、空井は続ける。 「このままだと記憶は消せないとダメ。でも一つだけ、方法があるんだ」 「方法……?」 「ボクの協力者になってもらうこと。現地での活動をサポートしてもらうため、って名目なら、記憶を消さなくっても大丈夫。……多分」 「協力者。ってことは手伝えばいいのか。えーっと……なにを?」 「今日みたいなこと。宙獣の捕獲を、千葉くんに手伝ってもらう。それでもいい?」  危険な仕事だよ、と空井は念押しした。  リクザメみたいな恐ろしい宇宙生物を相手にすることも、一度や二度じゃない。 「……。うーん……そうだな……」  そう言われたら、考え込んでしまう。  オレだって別に、命知らずじゃないつもりだ。  丸腰で興奮したライオンの檻に入れと言われたら断るし、クマが街に降りて来たら外には出ない。死んだり痛い思いをするのはイヤだから。  でも、と考えてしまう。  宙獣は、今まで地球の誰も見たことのない生き物なんだろう。  空井に協力すれば、そんな生き物をこれからもたくさん見られる。  それに断ったとしても、宙獣が地球にいることは変わらない。  いつか不意に遭遇して、オレが……もしくは身近な誰かが、襲われてしまうかも。  そうならない為には、早めに宙獣をみんな捕まえないといけない、んだけど。 「……空井、負けそうになってたしなぁ……」 「あっ、あれはちょっと油断しただけだよ! ホントに!」 「いや、ダメだろ油断してちゃ。空井、本当の姿はあんなに強くてカッコいいのに、なんか心配なんだよなぁ。白衣忘れるし」 「…………」  抜けてるところがあるというか、詰めが甘いというか。  放っておけないヤツだな、と思ってしまう。 「だから、うん。手伝うわ。よろしく、空井」 「……。千葉くんは、怖くないの?」 「そりゃリクザメみたいなのは怖いけど……」 「じゃなくて、さ。ボクのこと。……他の星の人間だったんだよ? 姿かたちも、力も、人間とは全然違う。なのにクラスメイトのフリして……」 「ん? やってたのは人間のフリだろ? クラスメイトってのは変わんないじゃん」  まぁ、どうやって学校に入ったのかとかは疑問だけど。  オレが答えると、空井は一瞬キョトンとしてから、突然に光り輝く。光が収まると、その姿はさっきまでの石像のものに戻っていた。 「これでも、千葉くんは平気? ……いままでみたく、クラスメイトとして話せるの?」  石の肌。宝石の目。話す言葉は木琴の音。  確かに人間とは全然ちがう。力が強いのも、リクザメとの組み合いで分かる。 「これまで通りは無理かもな。色々知っちゃったし」 「……うん。そうだよね」 「知っちまった以上、オレはさ……空井とも、もっと仲良くなりたい」 「っ……?」  空井はぴくりと体を震わせた。驚いてるのか。なにに?  よく分からないヤツだと思ってたクラスメイトが、実はすごいヤツだって分かったんだ。もっと色々知って、仲良くなりたいって思うのは、不思議なことじゃないと思うけど。 「そっか。……ボクも、千葉くんともっと仲良くなりたいな」 「おっ。じゃあさ、下の名前で呼んでいいか? オレの事も呼んでいいからさ」 「いいよ。これからも……よろしくね、陸人」 「よろしくな、昼夜!」  そうしてオレと昼夜は、共に宙獣を追う仲間となった。 「ところでさ、昼夜。なんで宙獣って地球にいるんだ? 宇宙の生き物なんだろ?」 「ああー……それ……」  素朴な疑問を口にすると、昼夜は困った声を出して目を逸らす。 「……隕石にぶつかって……」 「隕石? ……もしかして、マヤカ山に落ちたっていう……?」 「いや、隕石はその時に粉々に砕けたんだけど。宇宙船が故障してね……?」  宇宙船。その言葉に、オレは「もしかして」と思う。  消えた隕石の謎。なぜひとつの欠片も見つからないのかの、答え。 「墜落した拍子にばぁーっと逃げちゃったんだー……」 「なるほど。……昼夜それ……」 「そうだよ! ボクのミスです! ごめんね陸人、ごめんね地球人!」  だいたい全部、昼夜のせいだった。
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