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キューブスーツと夜の街
家に帰ったオレは、ベッドに転がって、昼夜に貰ったそれをじっと眺めていた。
消しゴムくらいの大きさの、正方形のキューブ。ほんのりと光を放つそれは、リクザメを捕まえたトリカゴにも少し似ていた。
「これを持っていれば安心、って昼夜は言ってたけど……」
機能は説明してくれなかった。
っていうか、説明する前にオレが帰らないといけなくなっちゃったんだけど。
ランドセルも置きに帰らず話し込むには、ちょっと遅い時間になってしまったのだ。
昼夜は、出来ればこれを毎日持っていて欲しいとも言っていた。
宙獣とは、いつ出会うことになるか分からないから、と。
(……宙獣、今はどこで何してるんだろうなぁ)
姿も名前も知らない生き物たちのことを考えると、ため息が出た。
きっと不安なんじゃないか、って心配になったからだ。
オレは、宙獣のことを助けたい。迷子になった動物を、今度こそ。
(あー……気にしてるなぁ、やっぱ)
去年のことを、思い出してしまう。
一年前、四年生になったオレは、生物委員会に入った。
動物が好きだったし、校内で飼ってるニワトリやウサギの世話がしたかったから。
活動は楽しかったし、その気持ちは今も変わらない。……でも。
ある日、ウサギが小屋から脱走した。
小屋のカギが閉まっていなかったのだ。
誰かのミスなのか、開けたヤツがいるのか、それは分からない。
とにかく重要なのは、いなくなったウサギを見つけること。
五年生や六年生たちと一緒に、オレは学校の周辺をひたすら見て回った。
キャベツをあげたら無心で食べ続ける彼らが。抱くと温かく、心臓の音が体に伝わってくる彼らが。オレもみんなも大好きだったし、絶対に見つけたい、と頑張って、日が暮れるまで歩き回って。
……結局、見つかったのは。
そうじゃなくなったウサギだった。
「……う……」
思い出すと、未だに涙がこみ上げてくる。
硬くなり動かなくなった、冷たいウサギ。その姿だけが強く頭の中に残っていて、前後のことは、もうよく覚えてない。
「ああいうのは、ホントもう……な」
オレは小さな声で呟いて、喉の奥から苦いモノが登ってくるのをこらえる。
あの時みたいな想いはもう、二度としたくない。
だから、昼夜が宙獣を逃がしてしまったと聞いた時、オレは思ったのだ。
手伝ってやらないと。宙獣が無事な内に。昼夜が辛い想いをしない内に。
オレみたいに、苦しい気持ちでいっぱいにならない内に。
(まぁ、それだけじゃないけどさ)
オレ自身が、宙獣に興味があったのだ。
昼夜に対しても。見知らぬ星に生きるモノが目の前にいて、ワクワクしないわけはない。
でも、今日は金曜日。次に昼夜に会えるのは、休日明けの月曜日だ。
家に行けば会えるかもしれないけど、押しかけていいものかは迷う。
(月曜日まで、待った方が良いよなぁ)
月曜日になったら、色々と話そう。
そう決めて、夕食や風呂を終えたオレが、ベッドで眠って少しした頃。
こんこん、と窓を叩く音がした。
「……ぅぁ……?」
虫だろうか。それにしては重くて、ハッキリした音だけど。
こんこん、ともう一度窓が叩かれる。やっぱり虫じゃないよな?
ドキリ、とオレの心臓は高くなった。泥棒? 幽霊? 緊張しながら、オレはゆっくりと窓のカーテンを開き……
「おわっ!?」
そこにいた顔に驚いて、思わず声を上げてしまった。
石造りの顔に宝石の目。まだ見慣れない、友だちの本当の顔。
「昼夜!? お前こんなとこで……」
「しぃー。陸人、大きな声出しちゃダメだよ」
「あ、うん。……なにしに来たんだ?」
「えーっと、宙獣の反応があったから、探しに出たんだ。それで……」
一緒に来ない? と昼夜はオレを誘った。
一緒にって、今からか? 時計を見ると、なんと時刻は零時を回っていた。
「無理にとは言わないけど……」
「いや、行こう。でも外歩いてたら目立つよなー……」
申し訳なさそうに言う昼夜に、オレは答えつつ思う。
父さんや母さんは、もう眠っていた。こっそり行けば見つからないだろうけど、大人に見られたら同じことだ。補導されるかもだし、危ない。
「その辺りは平気だよ。渡したキューブがあるでしょ?」
「これ? 使い方、まだ聞いてなかったな」
「トリカゴと同じだよ。自分の体に押し付けてみて」
「こう?」
言われた通り、オレは小さなキューブを自分の胸に押し当てる。
するとキューブは淡い光を放ちながら、オレの体を包み込む。
そして瞬く間に、パジャマを着ていたハズのオレは、見知らぬ赤いボディスーツを身にまとっていた。
「なんだこれ? 体が軽い気がする……!」
「身体能力を強化するんだ。耐久性も高いから、ボクの体と同じくらい頑丈になってるよ」
「おお! なんか変身って感じだな。ちょっと照れる」
テレビのヒーローのコスプレでもしてるみたいで、恥ずかしい気持ちが少しある。
のだけれど、それ以上に、オレはテンションが上がっていた。だってこれ、マジの変身じゃん。なかなか出来ないぞ、こんな体験。
「それじゃ、行こうか」
「お、おう。え、窓から?」
「そっちの方が都合が良いから。ほら、来て?」
昼夜に差し伸べられた手を取って、オレは窓枠から外に出た。
トンと窓枠を蹴ると、まるで水の中にいるみたいに、体がふわりと浮き上がる。
「わ、え、飛んでない!?」
「重力も少し弱めてるからね。どんな星でも一定の力を出せるように、調整されてるんだ」
「なのか。ってか高いなぁー……!」
思わぬ高さまでジャンプしてしまったオレは、下を見て腹がひゅんとなる。
落ちたらヤバくない? 少しビビるオレに、「大丈夫」と昼夜は優しく声を掛けた。
「これを着てる内は問題ないし、ボクもいるよ。だから、ほら!」
オレの手を掴んだまま、昼夜は屋根から屋根へと飛び移りながら、高く空へ跳ぶ。
上空から見る夜の街は、点々と立つ街灯に照らされて、さびしげだけどキレイだった。
「良い景色だよね。ボクも空から見て、すぐに好きになったんだ」
「昼夜も? 宇宙だとこういうの、珍しいか?」
「ううん。けっこうよくある。でもボクは、独りで旅していたから」
嬉しくなったんだ、と昼夜は言った。
この星にも生き物が住んでいて、光と共に生活している。
夜に照る明かりは、そのことを昼夜に伝えて、元気づけてくれたらしい。
「……この星でボクは、独りじゃない」
昼夜は、どれだけの間、宇宙を飛んでいたんだろう?
人工知能のファムがいて、送り届けるべき宙獣たちがいて。
だけど宇宙船に、昼夜以外の宇宙人の姿は無かった。
「どれくらい……独りだったんだ?」
「たった四十年だよ。大した長さじゃない」
「よんっ……待って、昼夜って今何歳?」
思わぬ返事に、オレはついどこかの屋根で足を止めてしまった。
昼夜も立ち止まり、きょとんとした雰囲気で首を傾げる。
「百十一歳だけど」
「ひゃくっ!? めっちゃ年上じゃん! オレ十一歳だぞ!?」
「あくまで地球時間ならね。ルミナ人……ボクの星の種族なら、まだまだ子どもだよ」
それこそ、オレたち地球人で言えば十一歳くらいなんだ、と昼夜は言う。
「小学校に入ったのも、地球人ならそうらしいって調べたからだし」
「うーん。じゃあ年上とか気にしなくていいんだ?」
「基準がちがうから。ボクは気にしてほしくない」
「ならそうする。ちょっとビックリしたけどな」
オレが笑うと、「良かった」と昼夜は呟いた。
「価値観とか生態とか、宇宙人同士って、細かいことで距離が出来たりするからさ」
「そういうもんなんだな。まーそっか、地球人だってそうだし」
ちょっとした趣味のちがいで仲良くなったり、ケンカしたり。
それは宇宙でも変わらないってことなのかも。
「これからも、こういう……色んなことで、陸人のこと驚かせちゃうかもだけど……」
「いいじゃん。それってなんか、楽しそうだし」
昼夜と一緒にいると、色々な驚きや発見がある。
それはきっと、オレが普通に生活してるだけじゃ知れなかったことばっかだ。
「この景色もそうだけどさ。そういうのがこれからもっともっとあるんだって思うと、なんかやっぱ、ワクワクするな」
昼夜もそうだろ? と問いかけると、昼夜は小さくうなづいた。
それから昼夜は空を見上げて、「見つかったのが陸人で良かった」と口にする。
オレもそう思う。オレも、本当の昼夜を知れて良かった。
でもそれは流石に、昼夜の立場的に良くないかもなと思って言わないでおいた。
(本当なら、バレない方が良いんだもんな、昼夜の場合)
地球人に正体を知られてはいけない。
色々な危険を思えば、当たり前のルールだ。
でも……もしオレが偶然に昼夜の正体を知らなかったら、昼夜は今日も、独りで夜の街を歩いてたのだろうか。
「……そろそろ行くか、昼夜。反応があったのって、どの辺なんだ?」
「うん! えーっとね、向こうの方角で小さくなんだけど……」
それからオレと昼夜は、屋根の上を飛び回って、宙獣の反応を探し続けた。
結局、その日は宙獣を見つけることは出来なかったんだけど……二人で夜の中を駆けて行くのは、この上なく楽しかった。きっと、昼夜もそうだったと思いたい。
ただ、問題が一つあって。
「……寝坊したぁぁぁぁっっ!」
翌日、全然起きられないんだ、これが。
そりゃあ、めちゃくちゃ夜更かししたからなぁ。
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