キューブスーツと夜の街

1/1
前へ
/19ページ
次へ

キューブスーツと夜の街

 家に帰ったオレは、ベッドに転がって、昼夜に貰ったそれをじっと眺めていた。  消しゴムくらいの大きさの、正方形のキューブ。ほんのりと光を放つそれは、リクザメを捕まえたトリカゴにも少し似ていた。 「これを持っていれば安心、って昼夜は言ってたけど……」  機能は説明してくれなかった。  っていうか、説明する前にオレが帰らないといけなくなっちゃったんだけど。  ランドセルも置きに帰らず話し込むには、ちょっと遅い時間になってしまったのだ。  昼夜は、出来ればこれを毎日持っていて欲しいとも言っていた。  宙獣とは、いつ出会うことになるか分からないから、と。 (……宙獣、今はどこで何してるんだろうなぁ)  姿も名前も知らない生き物たちのことを考えると、ため息が出た。  きっと不安なんじゃないか、って心配になったからだ。  オレは、宙獣のことを助けたい。迷子になった動物を、今度こそ。 (あー……気にしてるなぁ、やっぱ)  去年のことを、思い出してしまう。  一年前、四年生になったオレは、生物委員会に入った。  動物が好きだったし、校内で飼ってるニワトリやウサギの世話がしたかったから。  活動は楽しかったし、その気持ちは今も変わらない。……でも。  ある日、ウサギが小屋から脱走した。  小屋のカギが閉まっていなかったのだ。  誰かのミスなのか、開けたヤツがいるのか、それは分からない。  とにかく重要なのは、いなくなったウサギを見つけること。  五年生や六年生たちと一緒に、オレは学校の周辺をひたすら見て回った。  キャベツをあげたら無心で食べ続ける彼らが。抱くと温かく、心臓の音が体に伝わってくる彼らが。オレもみんなも大好きだったし、絶対に見つけたい、と頑張って、日が暮れるまで歩き回って。  ……結局、見つかったのは。  そうじゃなくなったウサギだった。 「……う……」  思い出すと、未だに涙がこみ上げてくる。  硬くなり動かなくなった、冷たいウサギ。その姿だけが強く頭の中に残っていて、前後のことは、もうよく覚えてない。 「ああいうのは、ホントもう……な」  オレは小さな声で呟いて、喉の奥から苦いモノが登ってくるのをこらえる。  あの時みたいな想いはもう、二度としたくない。  だから、昼夜が宙獣を逃がしてしまったと聞いた時、オレは思ったのだ。  手伝ってやらないと。宙獣が無事な内に。昼夜が辛い想いをしない内に。  オレみたいに、苦しい気持ちでいっぱいにならない内に。 (まぁ、それだけじゃないけどさ)  オレ自身が、宙獣に興味があったのだ。  昼夜に対しても。見知らぬ星に生きるモノが目の前にいて、ワクワクしないわけはない。  でも、今日は金曜日。次に昼夜に会えるのは、休日明けの月曜日だ。  家に行けば会えるかもしれないけど、押しかけていいものかは迷う。 (月曜日まで、待った方が良いよなぁ)  月曜日になったら、色々と話そう。  そう決めて、夕食や風呂を終えたオレが、ベッドで眠って少しした頃。  こんこん、と窓を叩く音がした。 「……ぅぁ……?」  虫だろうか。それにしては重くて、ハッキリした音だけど。  こんこん、ともう一度窓が叩かれる。やっぱり虫じゃないよな?  ドキリ、とオレの心臓は高くなった。泥棒? 幽霊? 緊張しながら、オレはゆっくりと窓のカーテンを開き…… 「おわっ!?」  そこにいた顔に驚いて、思わず声を上げてしまった。  石造りの顔に宝石の目。まだ見慣れない、友だちの本当の顔。 「昼夜!? お前こんなとこで……」 「しぃー。陸人、大きな声出しちゃダメだよ」 「あ、うん。……なにしに来たんだ?」 「えーっと、宙獣の反応があったから、探しに出たんだ。それで……」  一緒に来ない? と昼夜はオレを誘った。  一緒にって、今からか? 時計を見ると、なんと時刻は零時を回っていた。 「無理にとは言わないけど……」 「いや、行こう。でも外歩いてたら目立つよなー……」  申し訳なさそうに言う昼夜に、オレは答えつつ思う。  父さんや母さんは、もう眠っていた。こっそり行けば見つからないだろうけど、大人に見られたら同じことだ。補導されるかもだし、危ない。 「その辺りは平気だよ。渡したキューブがあるでしょ?」 「これ? 使い方、まだ聞いてなかったな」 「トリカゴと同じだよ。自分の体に押し付けてみて」 「こう?」  言われた通り、オレは小さなキューブを自分の胸に押し当てる。  するとキューブは淡い光を放ちながら、オレの体を包み込む。  そして瞬く間に、パジャマを着ていたハズのオレは、見知らぬ赤いボディスーツを身にまとっていた。 「なんだこれ? 体が軽い気がする……!」 「身体能力を強化するんだ。耐久性も高いから、ボクの体と同じくらい頑丈になってるよ」 「おお! なんか変身って感じだな。ちょっと照れる」  テレビのヒーローのコスプレでもしてるみたいで、恥ずかしい気持ちが少しある。  のだけれど、それ以上に、オレはテンションが上がっていた。だってこれ、マジの変身じゃん。なかなか出来ないぞ、こんな体験。 「それじゃ、行こうか」 「お、おう。え、窓から?」 「そっちの方が都合が良いから。ほら、来て?」  昼夜に差し伸べられた手を取って、オレは窓枠から外に出た。  トンと窓枠を蹴ると、まるで水の中にいるみたいに、体がふわりと浮き上がる。 「わ、え、飛んでない!?」 「重力も少し弱めてるからね。どんな星でも一定の力を出せるように、調整されてるんだ」 「なのか。ってか高いなぁー……!」  思わぬ高さまでジャンプしてしまったオレは、下を見て腹がひゅんとなる。  落ちたらヤバくない? 少しビビるオレに、「大丈夫」と昼夜は優しく声を掛けた。 「これを着てる内は問題ないし、ボクもいるよ。だから、ほら!」  オレの手を掴んだまま、昼夜は屋根から屋根へと飛び移りながら、高く空へ跳ぶ。  上空から見る夜の街は、点々と立つ街灯に照らされて、さびしげだけどキレイだった。 「良い景色だよね。ボクも空から見て、すぐに好きになったんだ」 「昼夜も? 宇宙だとこういうの、珍しいか?」 「ううん。けっこうよくある。でもボクは、独りで旅していたから」  嬉しくなったんだ、と昼夜は言った。  この星にも生き物が住んでいて、光と共に生活している。  夜に照る明かりは、そのことを昼夜に伝えて、元気づけてくれたらしい。 「……この星でボクは、独りじゃない」  昼夜は、どれだけの間、宇宙を飛んでいたんだろう?  人工知能のファムがいて、送り届けるべき宙獣たちがいて。  だけど宇宙船に、昼夜以外の宇宙人の姿は無かった。 「どれくらい……独りだったんだ?」 「たった四十年だよ。大した長さじゃない」 「よんっ……待って、昼夜って今何歳?」  思わぬ返事に、オレはついどこかの屋根で足を止めてしまった。  昼夜も立ち止まり、きょとんとした雰囲気で首を傾げる。 「百十一歳だけど」 「ひゃくっ!? めっちゃ年上じゃん! オレ十一歳だぞ!?」 「あくまで地球時間ならね。ルミナ人……ボクの星の種族なら、まだまだ子どもだよ」  それこそ、オレたち地球人で言えば十一歳くらいなんだ、と昼夜は言う。 「小学校に入ったのも、地球人ならそうらしいって調べたからだし」 「うーん。じゃあ年上とか気にしなくていいんだ?」 「基準がちがうから。ボクは気にしてほしくない」 「ならそうする。ちょっとビックリしたけどな」  オレが笑うと、「良かった」と昼夜は呟いた。 「価値観とか生態とか、宇宙人同士って、細かいことで距離が出来たりするからさ」 「そういうもんなんだな。まーそっか、地球人だってそうだし」  ちょっとした趣味のちがいで仲良くなったり、ケンカしたり。  それは宇宙でも変わらないってことなのかも。 「これからも、こういう……色んなことで、陸人のこと驚かせちゃうかもだけど……」 「いいじゃん。それってなんか、楽しそうだし」  昼夜と一緒にいると、色々な驚きや発見がある。  それはきっと、オレが普通に生活してるだけじゃ知れなかったことばっかだ。 「この景色もそうだけどさ。そういうのがこれからもっともっとあるんだって思うと、なんかやっぱ、ワクワクするな」  昼夜もそうだろ? と問いかけると、昼夜は小さくうなづいた。  それから昼夜は空を見上げて、「見つかったのが陸人で良かった」と口にする。  オレもそう思う。オレも、本当の昼夜を知れて良かった。  でもそれは流石に、昼夜の立場的に良くないかもなと思って言わないでおいた。 (本当なら、バレない方が良いんだもんな、昼夜の場合)  地球人に正体を知られてはいけない。  色々な危険を思えば、当たり前のルールだ。  でも……もしオレが偶然に昼夜の正体を知らなかったら、昼夜は今日も、独りで夜の街を歩いてたのだろうか。 「……そろそろ行くか、昼夜。反応があったのって、どの辺なんだ?」 「うん! えーっとね、向こうの方角で小さくなんだけど……」  それからオレと昼夜は、屋根の上を飛び回って、宙獣の反応を探し続けた。  結局、その日は宙獣を見つけることは出来なかったんだけど……二人で夜の中を駆けて行くのは、この上なく楽しかった。きっと、昼夜もそうだったと思いたい。  ただ、問題が一つあって。 「……寝坊したぁぁぁぁっっ!」  翌日、全然起きられないんだ、これが。  そりゃあ、めちゃくちゃ夜更かししたからなぁ。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加