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隕石と転校生
空井昼夜が転入してきたのは、マヤカ山に隕石が落下した二週間後のことだ。
マヤカ市の空を赤く染めながら墜落した隕石は、見つからなかった。
光や衝撃からすれば、本当なら欠片がいくつか落ちていないとおかしいらしい。なので様々なメディアがマヤカ山の隕石を「消えた隕石」として騒ぎ立て、近くのマヤカ三小に通うオレたちも、負けず劣らず大きく騒いだものだ。
どうして隕石は消えたのか?
墜落の時点で燃えつきそうになっていたのか、落ちた衝撃で粉々に砕けたのか。
けれど、マヤカ山には隕石によって出来たらしいクレーターも見つかっていたし、だとすれば欠片もその中にあるはずだ。誰かが専門家より先に持ち出したのか、それとも何か別の理由で移動したのか。いくつも仮説が立てられて、しかしそれを裏付けるような証拠は、いつまで経っても出てこなかった。
自然と、メディアもマヤカ三小のクラスメイトも、隕石の話題に飽き始めた頃。
未だに隕石について想像を膨らませるオレのいる、五年三組に空井昼夜は現れた。
空井は、隕石と同じくらい謎が多いヤツだった。
まず、住んでいる場所を誰も知らない。
問われても、空井は何となくその話題を避けるのだ。
曖昧に方角だけを伝えて、それ以上問われると困ったように微笑む。
なんだかしつこく聞くのが悪いような気がしてしまって、結局誰も聞き出せない。
次に、誰とも遊ばない。
休み時間にはドッジボールでも鬼ごっこでも、喜んで参加してくれるのだが。
放課後になると、誰の誘いも受けないのだ。家の仕事を手伝わなくちゃと言って、申し訳なさそうに断ってくる。
もちろん、どんな仕事なのかは教えてくれない。これもまた、困った顔で微笑むばかり。
習い事をやっている様子も無いし、校外での空井の生活を、誰もほとんど何も知らない。
では知らないのはこちらばかりかと言うと、そうでもない。
空井も空井で、多くの事を知らなかった。
最近話題のマンガだとか、人気のある音楽だとかはもちろんのこと。
食べ物についても知らないものが多いらしく、給食の時間の度に、それがどんな料理なのかを周りのクラスメイトに問いかける。
転校初日には、牛乳瓶を片手に「これはなんの汁なの?」と聞くのだからおどろきだ。
牛乳を知らないってこと、あるか?
でも、ウソを言っている風ではなかった。
なので「牛から絞った乳だ」と教えてやると、今度は牛についてあれこれ尋ねられてしまった。牛のことも知らなかったみたいで、乳牛は一日に四十キロ近く乳を出すことや、牛の胃袋が四つに分かれている事を話すと、面白そうに聞いていた。
もしかしたら、オレと同じように、生き物に興味があるのかもしれない。
結局、それから一月もすれば、クラスメイトは空井の謎について口にしなくなっていた。
隕石と同じで、新しい情報も何も無いから、話すことが無くなったのだ。
そして空井自身は「変わってるヤツ」としてクラスに受け入れられ、オレも自然に空井と話すようになった、ある日のことだ。
空井が、給食の白衣を忘れて帰った。
「どうしよっか、これ。空井くん、月曜日先生に叱られちゃうよね」
発見したのは、委員の仕事で残っていたらしいクラスメイトの倉田さん。
袋に入った白衣は、金曜日に配膳係が持ち帰って洗濯してくることになっている。
それを忘れて帰ったら、空井は先生に怒られるし、白衣は洗われないままだ。
せめて、これを発見した倉田さんかオレかが持ち帰って洗ってもらうべきだろう。
「あ、でも空井、さっきまで学校にいたぞ」
倉田さんと相談しようとして、オレは思い出す。
生物委員のオレは、ついさっきまでニワトリ小屋の掃除をしていたのだ。
空井はその場にいて、ニワトリについてオレにいくつか質問をしてきた。
どうしてニワトリは首を振るのか。眼球が動かないからだと教えると、納得してオレに礼を言って、帰って行った。ほんの少し前のことだ。
「今ならまだ間に合うかも。オレ、ちょっと行ってくるわ」
「ホント? 良かった~。千葉くん、優しいんだね」
「いや……ふつうでしょ、別に」
空井が怒られるのを見るよりは、そりゃあ助ける方を選ぶものだと思う。
オレは倉田さんに答えつつ、給食袋を手に教室を出る。
階段を駆け下りて、大急ぎで靴を履くと、校門を出て辺りを見回した。
「空井……いた!」
空井の姿が、道の端に小さく見える。
オレの家とは反対の方向だけど、仕方ない。
呼びかけながら走って追いかけるけど、どうやら声は届いていないらしく、空井はどんどん歩いて行ってしまう。
右に曲がって、左に曲がって、また曲がって。
家々の間を縫うように進む空井を、オレは見失わないよう走って追う。
しかし、なんだってこんな風にジグザグに歩いてるんだ、空井は?
真っ直ぐ進んでないだけじゃなくて、時には道を戻るような動きをしている気もする。
もしかして、尾行を撒くため、とか……?
(いやいや、流石に考えすぎか)
いくら空井の生活が謎に包まれているからって、スパイかなんかじゃあるまいし。
思わず顔を伏せて小さく笑ってしまったオレは、顔を上げた時、そこに空井の姿が無い事に気が付く。
「うわ、やっちまった!」
空井を見失った!
どっちに曲がったのか分からない。
っていうか、空井を追いかけてめちゃくちゃに歩いていたから、よく考えたら今自分がどこにいるのかも分からない。
オレは深くため息を吐いてから、ひとまず勘に任せて適当に道を歩く。
空井は見失ったから、白衣を渡すのは諦めよう。ウチで洗ってもらって、月曜日に空井に事情を聴くのだ。どうしてあんなに歩き方をしていたんだ、って。
大きな道路にでも出れば、どうにか知ってる道に戻れるはずだ。そう思いながら歩いていた、その時だ。
ガィン、と奇妙な音が、道の端から響いてきた。
まるで、硬いモノ同士が激突したかのような音。
工事でもしている? もしくは、誰かが何かを落とした?
どうせ道の分からないオレは、その音に興味を引かれて、なんとなく角を曲がる。
そこは、小さなビルの狭間にある、小さな小さな空き地だった。
雑草が生え、ゴミが放置され、見るからに手入れのされていないその場所で。
何かが動いている。草をかき分け、すごい勢いで。
なんだろう、と思って一歩を踏み出した瞬間、ガサササッとひと際大きな音が鳴り、草むらから……巨大なキバが、襲い掛かってきた。
「……えっ」
身体が動かなかった。逃げなきゃと思うのに、足が地面から離れてくれない。
だのに、目と頭だけは動くんだ。まるで時間がゆっくりになったみたいに、自分に食らいつこうとするそのキバが、やけにハッキリと見える。
白くて鋭いキバだった。三角形で、縁にはノコギリみたいなギザギザが並んでいる。
まるで、ホオジロザメやオオメジロザメの歯みたいだ。そう感じてから、いやいやと心の中で首を振る。
(サメなわけないじゃん!)
ここはただの空き地で、海じゃない。
じゃあオレは何に襲われてるんだって聞かれたら、分かんないけど。
(っていうかこれ、食われ……)
「――!」
もう一つ、何かの音が響いた。
こぅんと響く木琴の音色みたいな、キレイな音だ。
そしてぶおっと風が吹いて、オレとキバの間に何かが割り入る。
ガィン、とさっき聞いた音がまた響いた。
なにかのキバが食らいついているのは、オレの頭じゃなくて、間に入ってきた何か。
宝石みたいな目と裂けた口を持ち、硬そうな表皮を持つ二足歩行のそいつは、装甲のようなものでキバを防ぎながら、オレをじっと見てこう言った。
「大丈夫、千葉くん?」
聞き覚えのある声。
それを耳にして、目の前でオレを守るように立つそいつが何者なのか、理解する。
「……空井、なのか?」
隕石が落下した二週間後、転入生としてやってきた空井昼夜は。
人間では、なかった。
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