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3 煽る
「亭主から聞いたんだけどさあ」
リュセルスのとある市場の広場、買い物途中でおかみさんたちが立ち話をするそこから今度は話が広がる。
「あ、それあたしも聞いたかも」
「え、なによ」
「新国王様の話よ」
「そうそう」
「え、何?」
「あのね」
そうして、夜の酒場で話されていた、
「新国王はマユリア欲しさに父王を無理やり玉座から引きずり下ろした、そのために天の加護を失った」
その話題が今度は明るい陽の下に持ち出される。
「へえ、じゃあマユリアは本当は前国王様のところに行きたかったってこと?」
「らしいよ」
「ええ~私はやっぱりお若い新国王様のところに行きたいけどねえ。なんたってあの男前だろ? そんであの体格。考えただけで、もうきゅうっと……」
「あんた、何言ってんのよ」
聞いた他の女が思わず吹き出す。
「なんてのかね、そういう見た目だけでどうってのは、あたしらみたいな下々の、まあ徳のない人間の考えることなんだって」
「へえ」
「って、なによそれ」
「うん、なんでもね」
そうしてあちらこちらで、
「前国王の二十年の治世が穏やかでこの上なく繁栄したのはそのご人徳ゆえ、その尊い魂を天がお認めになっていたからこそであった」
との話が囁かれだす。
「でもさあ、あの花園ね」
「ああ、ねえ」
いくらご立派だと言われても、同じ女性の立場からすると、両手両足の指を集めても到底足りぬ数の女性を後宮に集めていたこと、さらに女神であるマユリアまで望んだそのことに顔を顰める者は少なくはない。
「だからね、それもそのご人徳ゆえ、そういう話だよ」
「なんだよそれ、女集めるのも人徳って?」
一人がそう言ってプッと笑う。
「女性が集まる、つまりそれだけ人を惹き付ける何かを持ってなさる、そういうことだよ」
「ええ~」
「考えてみなよ、王様が女を集めてるからって男どもがあの王様はだめだ、嫌いだ、そう言ってたかい?」
「いや、それは言ってなかったね、うん」
「だろ? つまりさ、そういうのが人徳、人を惹き付ける力、そういうのだってさ」
「へえ~」
「まあ、そりゃ女だって男には好かれるけど同じ女に嫌われるってのは、そりゃあんまりいい女じゃないわね」
「だろう?」
「けどまあ王様が男前にこしたこたあないけどね」
「そりゃそうだ」
女たちがどっと笑う。
「だけどまあ、人間の真の値打ちってのは見た目だけじゃない、つまりはそういうことなんだよ」
「まあねえ」
「だからね、そんな無理矢理親を引きずり下ろして、女神ほしさに自分が王様になろう、なーんて根性がね、だめだって話なんだ」
「あんた、そりゃちょっと」
あまりに明け透けな物言いに、他の女がシッと口に人差し指を当てる。
「分かってる、分かってるさ、そりゃそんな言い方しちゃいけないってね。だけどね、あたしは考えちまうんだよ」
「何がだい?」
「このまま、今のままでだまーって王様が交代してさ、その新しい王様が天の加護をなくすようなことをなさって、この先無事に済むんだろうかってさ」
「どういう意味だい?」
「あたしらの子どもの時代、この国がどうなっちまってんだろう、ってことだよ」
「それは……」
子どもと言われて思わず他の女たちも黙る。
母にとって子は何よりも大切なもの、自分の命にも勝る宝物だ。
「今のあたしらの時代はいいよ、そうすぐに変わることもないだろうしね。でもさ、子どもたちが大人になった頃、この国が天に嫌われた王様が治めてらっしゃる、そのことでどうにもならなくなってたら、それを思うとあたしはもう……」
「…………」
他の女たちも言葉をなくす。
「じゃあさ」
他の誰かが言う。
「どうすりゃいいってんだい? 一体どうすりゃこの国は平和なままでいられるんだい?」
「そりゃ間違えた道を正すことさね」
「道を正す?」
「そうだよ」
「つまりそれってどういうことだい?」
「天の加護を受けていなさる王様にお戻りいただくってことかねえ」
「ええっ! それってつまり」
「そう、新しい王様にやめていただいて、父王様にお戻りいただく」
「って、え、え、そんなことできるの?」
「できるさ。だって天がそうお望みなんだよ?」
「いや、そりゃあさあ」
「それにシャンタルだってそうお望みだって話だよ」
「シャンタルが?」
「ああ」
「シャンタルがなんて?」
「なんでも、新国王様の御即位を良しとはなさっておられないとか」
「ええ~でもさ、今のシャンタルは託宣をほぼなさらないじゃないか」
「でも次代様のことはお分かりになったんだろ? もうお迎えが来て親御様は宮にお入りになられてるし」
「それなんだよね」
中心になって話をしていた女が熱を入れて続ける。
「当代は先代と違ってほとんど託宣をなさらなかった。それはさ、あたしが思うには」
「うんうん、なんだって?」
「本当に大事なこと、それだけをお知らせになる、そういうお方なんじゃないかってね」
「なあるほどね」
「じゃあ、あれなんだ、今度の王様の交代、あれはあっちゃならないこと、だからそれを止めさせるために」
「そうそ、そういうことなんだよ」
中心の女が深く頷く。
「どうやっても王様にお戻りいただかないと、そうしないとこの世界はだめになる」
その言葉に女たちは黙ったまま頷いた。
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