螢火

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中庭は庭師が最寄りの河川から植物を移して造園に加えて、小さな川のようなものを作っているから蛍がいても不思議ではないと思った瞬間に、俺の背中というよりも、尻に何かが衝突する。 「こんなに暗かに、ないごて部屋に戻っちょらん!しんぺすっじゃろう!」 随分久しぶりに思えた可愛らしい声が俺の耳に届いて、物凄く安心すると同時に、猛烈に恥ずかしさが込み上げて来た俺は、ただ見たままを口にする。 「……すみません、坊っちゃん。あちらに蛍らしいものを見つけて、思わず見ていました」 「まこち?!なあ、蛍どけおっと?」 指差し蛍の存在を告げたのなら、先程まで心配していた態度は故郷に投げ飛ばしてしまったかのように、しがみつくようにしていた坊っちゃんは、そのまま指差していた俺の手をとって、そちらの方に引っ張られて行くと、果たしてそこには1匹の蛍がいた。 「おいは、こっちじゃ初めてみっぞ!」 「俺もこちらでは初めてですね」 どういう仕組みか学のない俺には解らないけれども、小さな虫が灯らせている光は優しいと思う。 故郷では家にいたくなくて、逃げ出して、夏は少しでも涼しい川辺にいる時によく見ていた。 「やさしかひかりじゃな」 「ええ、俺もそう思います」 そんな風に答えながらも、坊っちゃんといつも通りのやり取りが出来ていることに、心から安堵している俺がいた。 「なあ、わいはおいがまだこどもじゃっで、といえてわれてん、わからんかもしれんじゃっどん、あては本気じゃ」 「……はい」 「むぜち思うちょるんも本当じゃ」 「嘘と言ってしまってすみません」 坊っちゃん怒っているのは、そこだとわかっているから、謝罪の言葉を口にするけれども、俺にはその"むぜ"に向き合う勇気がなかった。 「ほら、あたはこげんもむぜ」 まるでその気持ちを見透かすように坊っちゃんがそう言って、ポケットから出すのは小さな紙片で、そこには坊っちゃんが描いた俺が笑っている顔が、蛍の灯りで照らされる。 「おいがけしんかぎぃに描いたんじゃ。むぜとは本当じゃろう?兄さあも認めちょっ!こいをあぐっで、大切にしやんせ」 そう得意気に小さな手で俺の手に握らせる坊っちゃんの顔の方が、俺にとっては余程可愛らしい。 「……大切にしますね」 大好きな兄君が夏季休暇で戻るまで、蛍の灯りに照らされ尚可愛らしく見えるこの笑顔を大切に守ろう、そう誓った。
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