螢火

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予習という表現をするのもなんだが、俺は元々神父様からこの家で俺に張り付いておる坊ちゃんを、言い方は悪いし、後輩も言ってはいたが(認めたくはないが一理以上に理屈はあっていた)懐柔をすることが、役割のようなものだった。 その役割をこなすためにと、神父様から事前情報としてこの屋敷や家族の構成についても知らされてもいる。 勿論その一番の懐柔対象は坊っちゃんではあるのだけれども、その坊っちゃんは"いちばん(いっとう)好き"なのは、兄君で、その兄君が不在になることで幼いながらに気持ちが不安定になっているところに、神父様が雇い主である旦那様から相談をされて、俺が住み込みで働くようになったという経緯でもあった。 最初、俺なんかがと思っていたんだが、お坊っちゃんにどういうわけだか、信じられないくらいに懐かれてしまって当初は逆に俺が戸惑いを覚える程になる。 最初の報告の時には、その戸惑いのままを神父様に、どうして俺が坊っちゃんにこんなに好かれているかわからないと報告をしたのなら、 「お前(おめ)は、そういところだぞ~」 と、久しぶりに神父様と俺の故郷の方言を耳にいれることになった。 「写真はみちょんのやな。ふふふふ、兄さあは"よかにせどん"じゃったろう?」 「よかにせ、どんですか」 辛うじて掃除の手を止めずにこたえたのなら、それは初耳にとなる方言でもあったので、少しばかり考えるが、写真の顔を思い出したのなら、そのおおよその意味は想像できた。 モノクロ写真で、ご家族のものでもあったけれども兄弟お二人で写ったものがあって、それは今よりもまだ小さく可愛らしい殆ど赤ちゃんといっても良い坊っちゃんを抱っこしている兄君のものとなる。 俺とは同年らしいけれども、その写真は輝かしいという表現のお手本のような笑顔を浮かべている、今の俺の背中に張り付いてる坊っちゃんが数年成長した様な凛々しくも端正な面立ちだった。 ただ肌の色がモノクロだからこよく分かるのだが、兄君は白く、坊っちゃんは綺麗な褐色となる。 これは雇い主の旦那様と奥様を一目見れば成る程と思えるのだが、坊っちゃんは旦那様の、兄君は奥様の血を引き継いでいらっしゃていてのことだった。 顔立ちは兄弟揃って端正な奥様の顔立ちを引き継いでいて、個人的には看板役者にもなれると俺は思う。 そこまで考えたところで、"よかにせ"という言葉の意味はおおよそ予想はできた。 「よかにせは、男前という意味じゃ」 坊っちゃんから、フフンという語尾と共に正解を告げられて、俺はいつも通り適当に相槌をうつ。
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