螢火

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坊っちゃんの御国言葉に幾らか慣れてきたし、俺のことをどういうわけだか異様に気に入っているのは、承知しているつもりだった。 ただ、それはあくまでも俺と坊っちゃんの間でだけで成り立っているようなもので、きっと一般的に通用するものではない。 少なくとも俺の中ではそれは揺るがない。 だから中庭掃除の為の箒を手放して、背中にいる坊っちゃんを抱き抱えて正面で向き合う。 俺が箒を投げ出したから、流石の坊っちゃんも驚いていたけれど、正面に向き合うことで頬を赤くしているのに、俺の方が愛しげら(可愛い)となりかけたが、今はそれどころじゃあなかった。 「俺のことをわっぜむぜと、兄君に話してしまったんですか?!」 「そうじゃ!おやっどが電話をしてくれた時に兄さあに、結婚(といえ)もしたいち、ちゃんとゆたぞ!おとこらしかろ!」 俺の確認に全く怯むことなく坊っちゃんはそんな返事をすると同時に、腕白な幼児にしても、素晴らしすぎる運動能力で抱える俺の手から抜け出して、正面から抱きつかれた。 こうなると、普段の俺は反論する気にもなれないのだが、どうにも過大評価を兄君に伝えられていると、今からでも遅くないので訂正をして欲しいという気持ちで、今は坊っちゃんが抱きついている胸元は一杯になっている。 幸いにもこのお屋敷には、平民の生活ではあり得ない日常生活の道具が沢山あって、先程坊っちゃんが言っていた"電話"もその1つでもあった。 俺の給金を使っても構わないので、電話で訂正出来るのなら兄君にすぐさまして欲しい。 そんな事を考えている内に、胸元が動いたので俯けば、坊っちゃんが可愛らしい顔で上機嫌で更に続ける。 「それとな、この前の雨が長か時期があったやろう?そん時が、よそん国じゃあ結婚(といえ)の季節であるって、かかどんに教えてもろうたから、おいとわいの結婚(といえ)の絵を描いたら、おやっどが兄さあの学校に手紙と一緒におくって(おっった)くれた」 「おくってしまったのですか?!」 坊っちゃんが実に自慢げに語っていた内容に、後輩からは「大声が過ぎる」と嫌みを言われる程の声量で、今度は反応してしまう。 坊っちゃんは俺の声の大きさに眉を上げて驚いたけれども、それでも構わないといった調子で更に可愛らしい口を動かしていた。 「兄さあから"わいは絵が上手うなったね"て……お前の(わい)の絵も可愛いね(むぜね)って」 「坊っちゃん」 俺がそう言った時、それまで闊達に動いていた坊っちゃんの可愛らしい唇が唐突に止まる。
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