螢火

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坊っちゃんの話が続くとばかりに思っていたのに、止まってしまったことに正直言って驚いていた。 勿論、止まってしまった原因は俺にはわからないから、俺の胸元に貼り付いている坊っちゃんの顔を見る。 そこに、今まで俺が見たことのない坊っちゃんの顔があった。 相変わらず可愛いと思ったけれども、何だか見るこっちの方が辛くなってしまう、そんな表情で、初めて見る坊っちゃんの顔だった。 「わいは、おいが嘘つき(うそひぃごろ)だっていうとな?」 「え?」 大分なれたつもりでも、まだまだ馴染みのない御国言葉では、何を言っているのかが俺には分からない……筈だった。 けれども、この時坊っちゃんが、相変わらず可愛らしい筈のなに、見つめるには辛くなる気持ちになる顔で、まるで確認するようにそんな言葉を口にしていた。 「おいは嘘つき(うそひぃごろ)じゃなか!」 そんな言葉を口にして、坊っちゃんはいつもなら俺が頼み込んでようやく離れてくれる胸元から、身軽く自分から離れて、そして中庭から姿を消してしまった。 結局、その日は夕刻になって日が暮れたところで、長距離移動で思う存分「兄さま」を堪能できた上機嫌な後輩の弟、対照的に腹違いの複雑な思いを抱く弟に話しかけられ過ぎてげっそりとして銃を携えた後輩が屋敷に戻ってきた時刻でも、坊っちゃんは俺の前に姿を見せない。 それは上機嫌な弟とげっそりとした兄という天と地程の状態に差がある兄弟の表情を揃えてしまう程の効果があったようだ。 「弟君はどうしたんですか?」 「先輩、ボンボンを引っ付けていないのは珍しいですね」 表現は違えども、意味としては結局同じ事を尋ねられたので、俺がジトッした眼で腹違いの兄弟を見れば、察したかのように俺の前から姿を消してくれる。 ただ、坊っちゃんが御屋敷にいることは確かなので、そこのところは心配しないで済んだのは助かった。 だから、俺は結局この屋敷の使用人らしく働いてもいたんだが、坊っちゃんの世話をするという一番大変な役割がなくなったら、早々に仕事は済んでしまう。 そして、時間があるからと後輩と弟殿を迎えればあんな言葉を告げられて、俺は坊っちゃんから「嘘つき(うそひぃごろ)じゃなか!」と告げられた中庭に戻る。 辺りはすっかりと闇が包んでいて、明かりといえば屋敷から差し込みがあるくらいだったけれど、俺にはそれがかえって気持ちが落ち着けた。 落ち着けたけれども、不思議と寂しいとも思えた時、視界の端に何かしら柔らかい明かりが瞬いた。
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