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幸せの
鍵と言われて、家の鍵や車の鍵を思い浮かべる人も多いでしょう。
宝石や宝物などその人にとって大切な物を金庫に入れ鍵をかけるでしょう。
ですが、この物語の鍵は何の鍵でしょうか。
誰も捕まえることができない泥棒。
その泥棒が盗ったのは鍵だった。
その鍵の持ち主は最近まで刑務所に収監されていたある男だった。
その男は濡れ衣を着せられ、人生の大半を刑務所内にて過ごした。
男は粘り強く、老人になり、ようやく無実を証明することができ自由の身となった。
男は長年刑務所にいたこともあり、知人もいなく無一文だった。
だが、老人になりやっと解放された男を世間は黙っているはずもなく、大注目を浴びた。
男はその大注目をうまく使い、成功し、今では大金持ちとなった。
泥棒はその男からある鍵を盗んだのだ。
男は最上階に住んでいて、いつも窓の鍵はあいていた。
泥棒はシャワー中を狙って部屋に忍び込み、手帳に挟んであった鍵を盗むことに成功した。
泥棒は、あの男がいつもこの鍵を大事そうに持ち歩いてるのを調べ、きっと大金に違いないと睨んでいた。
泥棒は鍵だけを盗み、器用に痕跡を消し逃亡に成功した。
金庫は男の仕事場の棚に隠されてある、泥棒は建物から建物へとつたい金庫の元へと向かった。
泥棒は誰にも見つかることなくとうとう金庫の前までやってきた。
目の前には想像よりはるかに小さな金庫があった。
宝石か、フェイクか、あるいは弱みを握れる秘密が入っているかもしれない。
泥棒は期待に胸を膨らませ、小さな穴に鍵を差し込んだ。
中に入っていたものは、小さな封筒だった。
こんなもののために鍵を持ち運ぶものなのか、泥棒は拍子抜けしながらも封筒を手に取った。
幾分古い紙には子供の字で書かれたであろう手紙が入っていた。
あの男に子供はいないはず。
謎が深まるばかりだった。
手紙には幼い子供が覚えたばかりの字で、けれど丁寧に文字が綴られていた。初恋の相手に向けたラブレターだった。
だがどうも文の内容を読む限り、送るつもりのない手紙のような内容だった。
子供のくせに何と欲のない、ただ思うだけの恋なんて。
右下には、手紙を書いた人物の名前が書かれていた。
「あのおじいさん、随分可愛らしい初恋の思い出に鍵をかけて大事に仕舞ってたんだな」
その手紙は大金持ちの老人が子供の頃に書いた最初で最後のラブレターだったのだ。
人は見かけに寄らないものだ。あの大金持ちの男の金庫には初恋の思い出とは。
そういえばあの男の人生はずっと振り回されていた。自由もなく日の当たらない場所で長年もの間、子供の頃の淡い初恋の記憶だけで生きてこれたのだろうか。
少しぐらい報われてもいいだろう。
気付けば、泥棒は封筒に書いてある住所の元へ向かっていた。甘酸っぱいラブレターを持って。
「あら、珍しいお客さんね」
明るい笑顔で出迎えてくれたのは、おばあさんだった。
「あなたに、手紙を届けに参りました」
おばあさんは手紙の文字を見てすぐにわかったようで可愛らしい笑顔で手紙を抱きしめた。
静かに去りゆく泥棒の背中に礼を言った。
「ありがとう、カラスさん。あなたは幸せを運んでくれる青い鳥だわ」
おばあさんの目には涙が浮かんでいた。
「あなたの綺麗な黒い羽が青空を反射させて飛んできた時は何か素敵なことが起きると思ったわ」
しばらくして、あの大金持ちの男と可愛らしい笑顔のおばあさんが仲良くお茶をしているところを人々はよく見かけるようになった。
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