はじまりの予感

2/9
前へ
/9ページ
次へ
***** 誕生日には必ず思い出してしまうことがある。 あの日も、今日と同じように、セミの鳴き声が鬱陶しい夜だった。 もう思い出す必要なんて無いのに、幾度となく自分の中で反芻される思い出。 あの日は、彼と付き合い始めて二度目の誕生日。 私は、リビングを装飾し、ケーキと料理を用意して彼を待った。 仕事で遅くなりそうと連絡が来ても、眠い目をこすりながら今か今かと待ち続けた。 そして、家の扉が開いたのは、日を越し、誕生日が終わった10分後だった。 玄関先まで出迎えた私は、できる限りの優しい笑顔をつくり 「仕事おつかれさま。疲れたでしょ、大丈夫だった?」 と言った。 なるべく聞き分けのよい、いい女で居たかったのだ。そんなの脆くて弱い強がりでしかないのに。 「やさしいね、香奈は。前の彼女なんて少し遅れただけでカンカンだったよ」 そう話す彼は、元カノを思い出したようで、ちょっぴり楽しそうに笑った。 胸が締め付けられる。 何でそんなに楽しそうに笑うのよ。 私も彼女と同じように怒れば良かったのかな。 仕事と私、どっちが大事なの。とかいうありふれた質問を投げ掛ければよかったのかな。 そして、最後には目を潤ませて 寂しかったよ 一緒に祝ってほしかった って言えば良かったのかな。 こんなに可愛げのない私でも、 あなたは今 私を思い出して、ちょっぴり楽しそうに笑ってくれていますか?
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加