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期待と戸惑いの混じった顔を両手で覆う。あわあわと銀の顔を何度か見た後で、おずおずともう一度視線を銀へと向けた。
「……ほんとに?」
「本当だ、約束する」
目を見開いた桜は涙を堪える。
泣きはらしたというのにその表情は晴れ晴れとしており、憂いも曇りもそこには無かった。
「だから勇気を出して、右大将さまの所に行っておいで」
既に散ったはずの桜の花がひらりひらりと飛んで行ったように思えた。
もしかしたら似た別の花びらだったのかもしれないが。
ともかく――ようやく桜は首を縦に振り、その後頼央の元へと旅立って行ったのだった。
「あのね、昂明さま。府君祭のとき、私の為に左衛門督さまのこと、怒ってくれたでしょ? わたし、とっても嬉しかった。……有り難う、昂明さま」
別れ際、恥ずかしそうに桜が言った言葉がずっと耳に残っている。
「大好き! 銀の次に!」
嬉しいが、実に正直な娘だと思う。
牛車へ乗り込む桜の姿を、苦笑いしながら昂明は見送った。
桜が頼央の元へ行ってしまった後。
刀岐の邸には静けさが戻ってきた。静けさと言えば聞こえがいいが、単に心寂しくなっただけだ。結局何をする気も起きず、気づけば数日が過ぎた。
ぼんやりと夕日を見つめながら、昂明と銀は階に腰かけている。
ぽっかりと心には穴が開いたような気持ちもあったが、思い起こせば多少の達成感もあった。
「顔のいい式神さんのとびきりの呪。見事なもんだったな」
「茶化すな」
「茶化してはいるが感心しているんだぜ。あの桜が二つ返事で――あれほど嫌がっていた右大将さまの所に行くことを決めたんだからな」
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