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1,戌年 序
今年もまた盆踊の季節がやって来た。
幸代が住むこの地域では、学校の1学期の終業式が終わると子供会による夏祭り、町内会主催の盆踊りと、立て続けに楽しみが用意されている。
それらが、1学期のゴールに並べられたご褒美だった。
幸代が暮らすマンションは、盆踊りの会場となる公園に面していて、幸代一家の部屋は公園側の2階の角部屋なので、大きな出窓から盆踊の様子を手に取るように見ることが出来た。
それはまた、盆踊りの賑わいにいやおうなく吞み込まれることでもあった。
大音量で聞こえる盆踊りの音楽や和太鼓の音は、部屋中の窓や扉を密閉しても部屋中に造作なく響いてきた。
そうなるともう盆踊りに無関心と言って背を向けることなど不可能で、それを文句なしに受け入れてその享楽の輪に連なることが最も賢明な方法だった。
それでなくても幸代の家族、両親と祖母は盆踊りが大好きで、仕事で帰りが遅くなりがちな父親でさえ、その日は懸命にいつもより早く帰ってきた。
外はまだ明るいが、公園の外周沿いには祭りの屋台がぎっしり並んですでに営業を開始していて、トウモロコシや焼きそばを頬張る子供たちもちらほらいた。
そして盆踊りの中心となるやぐらには紅白の幕が張られ、浴衣姿の人数が急速に増えていくことが盆踊りの始まりが近いことを告げていた。
すでに浴衣を着ている幸代は、見慣れた家の中をどこかよそ行きの視線で眺めた。
盆踊りという特別な日だからだろうか、自分の家の中が違って見える。何か自分の目に触れたことのない知らない物がいつの間にか増えているような奇妙な感覚が、透明の膜状にまとわりつく。
仏壇はお盆仕様に飾られている。
仏壇の前に白い布をかけた小机が置かれ、その上に供花や位牌、盆提灯、お供え物などが置かれている。
去年は最中やまんじゅうがメインだったが、今そこには他の物を脇に追いやるようにして竹筒に入った菓子、青竹水ようかんがあった。
父に贈られてくるお中元の品物の中に青竹水ようかんがあり、竹筒から出てくるつるんとした水ようかんのほのかな甘みとひんやり感が夏の味覚に最適で、幸代はたちまち魅せられた。
その青竹水ようかんが、盆棚に置かれている。
幸代は一瞬、水ようかんに手を伸ばそうとしたが、思いとどまった。
仏様へのお供え物なのだから……。
盆踊りの開始に向けて盛り上がっていく外の賑わいに反して、部屋の中は冷気を感じるほどひっそりしていた。
出窓に置かれた干支の犬の置物の白い色が、冷気でアイスのように凍っている気がして、幸代は身震いした。
冷房の効きすぎ? と幸代は思った。
父はまだ帰宅していない。母はおそらく、台所で夕食の支度をしているのだろう。
そして、祖母は……。
おばあちゃんは町内会の婦人部で毎年盆踊りの練習に参加し、指導していた。そして本番では、櫓の上で踊って手本を示した。
幸代も目で櫓の上の祖母を追ってその所作を真似ながら、祖母への敬意と誇らしさで胸が躍るのだった。
でも、おばあちゃんは去年の盆踊りにいなかった。
祖母のいない盆踊りは、提灯の数が半分に減って薄暗くなったような心細い淋しさがあり、幸代は楽しむことができなかった。
だけど、今年はおばあちゃんと一緒だ。
一緒に踊りの輪に入って踊るんだ。
そう思うと、幸代は居ても立っても居られなくなった。
ちょうど外では町内会長の盆踊りの始まりの挨拶があり、それを合図に一斉に幕が開くように音楽が勢いよく流れだした。
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