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2,申の年 祖母と幸代
幸代の祖母、芙紗(ふさ)は70代前半で、盆踊りの踊りを手本になるほど習得していて、紺の浴衣で踊る様子は純和風だったが、普段は洋楽好きで英語の歌を口ずさんだりロックのCDを買ったりしていた。
なんでもディスコブームの頃にはディスコによく行って、お立ち台とまではいかなくともノリノリで踊っていたらしい。
要するに根本的に踊りと名の付くものが好きで、ディスコ、ロック、フォーク、盆踊りといった区別を超越するくらい踊りに取りつかれていた。
祖父は10年ほど前に他界し、それを契機に芙紗は幸代一家と同居するようになった。
自宅から一望できる盆踊りの魅力に芙紗はすぐにはまり、盆踊りの踊りを特訓して模範として櫓の上で踊るまでになった。
幸代が物心ついたころには芙紗はすでに盆踊りの名手になっていた。
そして幸代一家にとって、盆踊りは夏に欠かせない一大イベントになった。盆踊りは2日間にわたって行われるが、その2日間のうち1日が雨で中止になったときは、実った果実が嵐で被害を受けたような悲壮感を味わった。
盆踊りの1週間ほど前になると、公園の真ん中に櫓が組み立てられた。それは新しい遊具のようにも見えるが、盆踊りの櫓とわかっている目には、盆踊りと夏休みへの入場門が構築されていくように見える。
幸代は日に何度も出窓から櫓の原型を眺めては、ほくそえんだ。
仏壇の前には盆棚がしつらえてあり、祖父の好物だった缶ビールや枝豆が備えてあった。
祖母は仏壇に線香を上げ、飾られた写真に向かってボソボソと内緒話でもするように語りかけた。
「おばあちゃん、私おじいちゃんのこと全然覚えてないんだけど、写真で見ると優しそうだね」
「久(ひさし)おじいちゃんが死んだとき、幸代はまだ赤ん坊だったからねえ。でもおじいちゃん、幸代が生まれた時は大喜びでね。初孫だったしね。
幸代がおじいちゃんのこと覚えていなくても、おじいちゃんは天国に行っても幸代のことずっと忘れずに見守っているよ」
情感のこもった祖母の言葉に幸代は思わず涙ぐみそうになり、恥ずかしくて目をそらせた。その視線の先に、供え物のキュウリとナスがあった。どちらも割りばしで4本の足をつけてあり、動物に見立てているようだった。
「何、これ」と幸代はキュウリとナスを指さした。
「キュウリの馬とナスの牛よ」
「え!?」
幸代の目には、キュウリが馬でナスが牛にはとても見えなかった。シンデレラの中でかぼちゃが魔法の力で馬車になるが、それと同様に供え物には魔法の力が働くのだろうか。
「お盆には、亡くなった人や先祖の霊があの世から帰ってくるの。キュウリの馬とナスの牛はその乗り物で、馬に乗って早く来て、牛に乗ってゆっくり戻ってほしいという思いが込められているの」
「へえ、そうなんだ。でもなんでキュウリが馬なの?たとえばじゃがいも、馬鈴薯(ばれいしょ)って馬がつくでしょ」
「さあ、夏の季節の野菜だからかしらね」
子供らしい素朴な疑問に芙紗も今まで考えたことのなかったことを幸代と一緒になって頭をひねったが、目の前のキュウリの馬以外、何も浮かばなかった。
「で、盆踊りはあの世から帰ってきた霊をもてなす行事なの」
「ああー、そうか」
幸代は関係ないと思っていた2つのものが言われてみればぴったり符合することを発見し、納得したという風にうなずいた。
「盆踊り踊っている人の中に知らない顔がいっぱいあるけど、もしかしたらその中にあの世から帰ってきた人も混じっているかもしれないんだね」
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