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3,酉の年 幸代と多江
その年も盆踊りは晴天に恵まれて例年通り開催された。
しかし幸代の心の中では雨が降っていて、通常の盆踊りとはかけ離れていた。
前の年の暮れ、芙紗おばあちゃんが突然亡くなったのだ。風邪をこじらせて肺炎を起こしたのが原因だった。
幸代はただ茫然として、家の中に突如としてできた落とし穴に幾度も落ちた。
穴から這い上がる気力もなく、穴の底にうずくまって祖母を思って泣いた。
自他ともに認めるおばあちゃん子の幸代にとって、この喪失は深刻な心の痛手になった。
心の中の雨は永久に降り続くかと思えたが、夏になりセミが鳴くころになると、時折雨の隙間から彼女にメッセージを送るように夏のエネルギーに満ちた光が差し込んだ。
そうだ、お盆におばあちゃんが帰ってくる。きちんとお迎えして、一緒に盆踊りに行かないと。
そう考えた幸代は、母がこしらえた盆棚に祖母の好物をせっせと並べた。
あまりにも沢山並べるので、母親がそんなに置かなくてもいいと注意した。
幸代としては祖母をあの世から現世(ここ)に引き寄せるパワーを少しでも強くしたいという一心で、お迎えのキュウリの馬の割りばしの足をできるだけ長くした。
幸代は、身近な人の突然の死が与える衝撃と悲しみの大きさを身をもって知った。
テレビでニュースをやっていると、事故や事件で不慮の死を遂げた人のことに意識が向けられた。
その日の夕食時に、踏切で立ち往生した老人を助けようとして電車にはねられて亡くなった女性のニュースを報じていた。
幸代はあまりのショックで食べ物が喉を通らなくなった。喉は食べ物を受け付けず、代わりに嗚咽(おえつ)が沸き起こった。
茶碗と箸を置いて泣き出した幸代に、母多江は「どうしたの」と尋ねた。幸代はうっうっと声を詰まらせながら答えた。
「あの女の人はなんで死んじゃったの。人の命を助けるっていういい行為をしたのに、なんで死ぬの?」
多江も食事の手を止めて、娘の思考に寄り添った。
「そう。すごく残念な結果になったわね。だけど、死は必ずしも罰を意味しない。死刑の場合は罰だけど、こういったアクシデントによる死は、その内容によって神様が斟酌してくださるのだと思う。
つまり、この女性は天国の一番いいところに導かれるということ」
「でも、でも……、その人の家族とか友達とか、悲しくて悔しくてやりきれないよ」
幸代の目からあふれ出た涙の粒が、食卓の上にポタッと落ちた。多江は母芙紗の葬式の時の幸代の涙を思い出し、それらの涙が同じ水源に由来していることに思い至った。
その水脈に自らの思いを投じた多江は、漁火のように訴えかけてくる明かりを見出した。
「宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』って知ってるでしょ」
「え?」
急に問われて、幸代は問い返すように母の顔を見た。
「うん。ちゃんと読んでないけど」
「カンパネルラっていう男の子が、溺れかけた級友を助けようとして水死してしまうの。そしてカンパネルラは、銀河鉄道の中でジョバンニに独り言のように呟くの。お母さんは僕を許してくださるだろうか、と。
そして、誰だって本当にいいことをしたらいちばん幸だから、お母さんも許してくれるはず、と言うの」
幸代は、2人の男の子が銀河鉄道に乗って星々の間を旅する話と思っていたので、そんな会話があったのかと驚き、今度ちゃんと隅々までよく読んでみようと決意した。
人の生命を救うことは本当のいいことの最上級だが、それで自分が死んでしまったら台無しなのではないだろうか。そんなリスクは明白なのに救助するというのは、無謀なのではないか。
絶対大丈夫という勝算があるなら賞賛すべき行為と言えるが……。それとも、命懸けだから、自分の命を顧みないから偉いのだろうか。
幸代の頭の中には思考の迷路が出来て、その中をさまよううちに幸代は行き詰まってしまった。
母親はそんな娘の様子を訳知り顔で見やり、小学6年生の彼女のそんな葛藤からただ成長を感じて、こっそりうなずくのだった。
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