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「いいんですか?僕が運転しなくても」 「はい、さすがにここだと私でも運転できますから」 数年前の大雨や大きな地震の爪痕がまだ残っている中、何度も走り慣れた57号線を阿蘇に向かって走る。 「私、阿蘇山が大好きなんですよ」 「それ、まえも言ってましたね。さすが火の国の女だと思いました」 「ん?それはどういう意味ですか?」 「強い女性、という意味です」 「それ、褒められてるのかわからないんですが」 「最大限、褒めてます。ほら、ここまで来るともう空気と空の色が違いますね!」 パワーウィンドウを下げて、外の空気を吸って満足そうな顔の榊原さん。 「明日の朝、火口まで行きましょう。きっと、火口まで行けると思うので」 「そうですね、僕は火口は初めてなので、楽しみです」 阿蘇山の火口は、有毒ガスが噴出したりするとすぐに行けなくなってしまう。けれど私は今までに火口まで行けなかった経験はない。私の好きな場所へと、好きな人を案内できることがうれしい。 そのまま、温泉まで車を走らせる。途中で、温泉街の道路はとても狭いことを思い出した。 「やはり、運転、代わりますよ」 「すみません」 運転を代わり、私は助手席に移った。 「これが、いつか実現させたい夢だと言ってませんでしたか?」 シートベルトをして、ミラーを合わせながら榊原さんが言った。そういえばと思い出した。 「言ってました、私。今、夢が叶いました」 榊原さんが運転する車の助手席に、乗ってみたい!そんなことを言っていた。まさか、榊原さんがおぼえていたなんて。 「僕の車でもないし、スイスでもないですけどね」 「いえ、レンタカーでも日本でもなんでも関係ないです、榊原さんの助手席なら」 「それなら、よかったです」 にっこりと笑って私の頭をぽんぽんする。 ___あ、また… つい無意識に、私の頭をぽんぽんしてしまいましたと言われたのは3年前。お互いに一目惚れだったと知ったのはそのすぐ後。それからは、時折り出張を合わせて短いデートをする。 狭い山道をなんなく走っていく。海外でも運転に慣れている榊原さんは、やっぱり頼りになる!と思う。 助手席から、ニンマリと見つめてしまった。
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